寒い季節になると、京都の飲食店では店先に掲げられたあるお知らせがちらほらと目についてくる。
「粕汁(かすじる)始めました」
日本酒の搾りかすを使った汁もの。関西の冬のソウルフードとも呼ばれる粕汁だ。そんな旬の味覚に魅せられた女性がいる。
滋賀県湖南市出身のイラストレーターでエッセイストの松鳥むうさん(46)=神奈川県=。全国各地の粕汁を食べ歩き、イラストや文章にまとめた「粕汁の本 はじめました」を出版した。京阪神を中心に、北は北海道から南は九州まで。変幻自在の発酵食に魅せられた自称「粕汁探訪家」が厳選の71軒を紹介する。京都市左京区の「ここ家」であつあつの汁をすすりつつ、松鳥さんの話を聞いた。
粕汁は松鳥さんにとって実家でなれ親しんだ「おかんの味」だった。首都圏に移り住むと、「何それ?」と言われ驚いたという。2016年、京都市内の立ち飲み屋で偶然メニューに見つけ、初めて母以外の味を食し、ふと気になった。「他の飲み屋にもあるのか」。興味が広がり、粕汁を巡る旅が始まった。
居酒屋や食堂をはじめ、酒蔵や寺社も探訪。京都ではここ家以外にも、「自家製麺 天狗」(上京区)の霜ふりうどんや「立ち呑み あてや」などを取り上げた。伏見の酒蔵開きでははしご酒をしながら粕汁を食べたエピソードも掲載した。
京阪神ではメインの具材に野菜、豚肉、ブリ、シャケのいずれか1~2種類が入るが、姫路市では皮鯨、石川県珠洲市では海藻「カジメ」が使われる。店は「与太呂」(姫路市)と「お食事処 むろや」(珠洲市)を紹介した。
北国にも足を延ばした。山形県庄内地方のタケノコが入った「孟宗(もうそう)汁」、北海道石狩市の「三平汁」も取材した。「地域によって使われる具材や酒かすの量が違う。旬の時期もさまざまで固定観念を崩された」と振り返る。著作には柔らかな筆致のイラストをふんだんに使い、レシピも一部盛り込んだ。
一方で松鳥さんは危機感も持つ。若年層ではなじみが薄い世代も増えていると感じるという。「関西では日常的に食べられているのに、身近すぎてここだけのものと気付かれていない。改めてかす汁を見直してほしい」と訴える。164㌻。1650円(西日本出版社刊)。