身障者や高齢者に優しい“車いすで入れる銭湯”の「番台猫」 大病を患った女将を見守り、入浴客の心もポカポカに

うちの福招きねこ〜西日本編〜

西松 宏 西松 宏

日本四箇大寺のひとつ・三井寺から徒歩5分。滋賀県大津市にある銭湯「大津湯」は、身障者や高齢者に優しい「車いすで入れる銭湯」として知られている。ここで毎夕「番台猫」を務めているのが女将の米谷智也子さん(50)の飼い猫・三毛の「福ちゃん」(メス、3歳)だ。大病を患った智也子さんをいつもそばで見守り、毎日の入浴を楽しみにやってくるお客さんたちを和ませている。運命の赤い糸が繋がり、この銭湯にやってきた福ちゃん。出会いや銭湯のことなどについて、智也子さんに話を聞いた。

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福ちゃんとの出会いは、2020年秋、地元の情報サイトをたまたま見ていたとき、里親募集の写真を見て一目惚れしたことに始まります。福ちゃんはそのときまだ生後3カ月半くらい。背中に手形のような模様があり、なんて可愛い子なんやろうと。民家の軒先で生まれたものの飼い主不明のため保護されたとのことでした。

すぐに連絡をとろうと思ったんですけど、その前にもう1匹、6歳くらいのグレーの成猫が掲載されていたのを見ていました。こちらの子はお年寄り夫婦の飼い猫でしたが、高齢で世話ができなくなり里親を募集している、これまで譲渡会に何度も参加したものの、里親候補は現れなかった、とのことで気になっていました。

三毛の子は幼いしすごく可愛いから、きっとすぐ申し出があるだろう。一方、グレーの子を引き取りたいという人はなかなか出てこない。それならグレーの子を私が迎えてあげた方が、1匹でも多くの保護猫を救うことになるんやないか…。すごく悩んだ末、そう思って第一希望の三毛を諦め、グレーの子を引き取ることに決めたんですよ。ところが譲渡寸前まで話が進んだところで、そのお年寄り夫婦のお孫さんが「離さんといてほしい」とグレーの子を引き取って世話することになり、譲渡の話は白紙になってしまったんです。
 
すっかりグレーの子を迎えるつもりでいたので複雑な心境でしたが、それなら心配ないし良かったやんと。その間、何日も経っていたので、あの三毛の子はもう残ってへんやろなと思いつつ、だめもとでもう一度サイトを覗いてみたら、まだ募集中やったんですよ。ああ、きっとこの子は私のことを待っててくれたんやと。それが福ちゃんとの出会いでした。
 
その前年(2019年)3月、義父から引き継いだ経営者の夫(基広さん)が脳出血で倒れ、銭湯は休業に。一命を取り留めたものの、右半身まひと言語障害の後遺症が残り、要介護3になりました。その頃、実母にがんが見つかり、義父も交通事故で介助がいるようになったため、3人をトリプル介助していました。心労がたたり、その年の秋には私も足が麻痺するなどして倒れてしまって…。
 
そんななか思ったんは、「車いすの夫が入れるお風呂を作りたい」ということでした。福祉施設のデイサービスは予約が必要ですし、当日体調が悪ければ入れないこともあります。もっと気軽に、介助者がいて当日体調がよければお風呂に入れる、そんな場所があればと。それで、車いすで玄関から浴槽まで移動、入浴ができるバリアフリーの銭湯に改装することにしたんです。

リニュアルオープンは2020年11月26日「いいふろの日」。福ちゃんがうちにやってきたんはその2週間前でした。一度は諦めたけど、きっと神様が運命の赤い糸を繋げてくれたんでしょう。私は絶対この子を幸せにすると誓いました。この銭湯や私たちにきっと福を招いてくれるにちがいない、とも感じていました。
 
再オープン後、車いすで入れる銭湯は全国的にも珍しく、新聞などに取り上げられ、車いすの身障者や高齢の方々がたくさんやってきてくれるようになりました。いまも「いつでも気軽に入れるから嬉しいわ」「めちゃ気持ちよかった」「風呂に入るのが生き甲斐や」などと喜んでもらっています。
 
福ちゃんも番台デビューすると「銭湯と三毛猫ってベストマッチやね」「大津湯のアイドルや」とお客さんから可愛がられるように。ただ、それから半年が過ぎたころ、いろんな無理がたたって、ついに私の体がもたなくなってしまったんです。

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