この一羽のキアゲハは暖冬の影響でひと足早く蝶になったのでしょうか。JT生命誌研究所昆虫食性進化研究室 尾崎克久さんに話を聞きました。
ーー暖冬の影響で羽化したのでしょうか。
「幼虫期に短日条件(日照時間が短い)で飼育したアゲハチョウの仲間は、休眠するさなぎになって越冬します。休眠を消去するには、一定期間4℃以下の低温を経験することが必要で、低温を経験させないまま暖かいところに置き続けると、通常は羽化しないか大幅に羽化時期が遅れます。そのため、休眠蛹の羽化が【暖冬の影響で】早まる可能性は極めて低いと考えられます」
ーーこの蝶は特殊だったということでしょうか。
「休眠さなぎは基本的に発育が停止していますが、稀に低温を経験しなくても羽化してしまう個体もあります。また、短日条件で飼育したと思っていたものが、人工照明の影響で幼虫が長日条件だと感じて、休眠していなかった可能性もあると思います。休眠を覚ますためにどれ位の期間を要するかは、『休眠深度』と言います。休眠深度は種や生息地域によって異なり、北海道や北東北の様な寒い地域では浅くなる傾向が見られます」
ーー休眠さなぎの適切な飼育法を教えてください。
「大事なのは【冷所に置く】ことです。日光が当たらない屋外が最適ですが、乾燥させないように気をつけて、冷蔵庫に入れておくのもオススメです。4℃以下の冷所に置く期間は、北国では30日以上、関東では60日以上、関西以南では90日以上が目安です。目安よりも長くなっても問題ありませんが、低温の経験が不十分だと、暖かいところに移した後の羽化が遅れる可能性があります」
尾崎さんは休眠の仕組みだけではなく、その意味についても教えてくれました。
「夏から秋にかけて発育がバラついて個体差ができてしまっても、休眠という仕組みがある事で、翌年の春に成虫が出る時期が揃い、交尾相手が見つかる可能性が高まるわけです。見方によっては、昆虫たちは発育に適さない冬の寒さを巧く利用して、生存のサイクルをシンクロさせているとも言えます」
残ったさなぎがどうなるのか、楽しみですね。