油絵「尿する裸僧」の天才画家に魅せられたアウトサイダーたち ピンク四天王の鬼才佐藤寿保監督「火だるま槐多よ」は前評判通りのヤバい映画だった

石井 隼人 石井 隼人

芸術家・村山槐多の魂にインスパイアされた『火だるま槐多よ』(12月23日公開)。ヤバすぎる映画の誕生だ。

時空を超えて槐多のメッセージを盗聴してしまった男、槐多の油絵『尿する裸僧』を持って街をさまよう女、そして超能力を持つ4人組の若者グループ。彼らアウトサイダーたちの邂逅は、地球滅亡の扉を開くものだった…。

奇妙奇天烈なぶっ飛んだ内容にも関わらず、狂的な美意識が貫かれた画力と不思議と求心力のあるストーリーテリングによって、上映時間はあっという間に終了。「とんでもないものを目撃してしまった感」は久々だ。

ピンク四天王と畏怖された鬼才

監督の名前を見て納得した。佐藤寿保(64)。既存のピンク映画の枠からはみ出すような血と暴力に塗れたピンク映画を量産したことから、かつてサトウトシキ、瀬々敬久、佐野和宏らエッジの効いた監督と共に“ピンク四天王”と呼ばれて畏怖されてきた鬼才だからだ。

1919年に22歳の若さで死んだ村山槐多は、絵画や小説で独特な才能を開花させた人物。特異なセンスを、かの江戸川乱歩もうらやんだという。その一方で、同級生の背中に絵や詩を書き殴ったり、未亡人をストーカーしたりと、奇行が目立つ人でもあったらしい。

そんな異才が残した怪奇小説『悪魔の舌』と、全裸の僧が鉢に放尿する姿をケバケバしく描いた油絵『尿する裸僧』の表現に感銘を受けた佐藤監督が放つのが、7年ぶりの新作『火だるま槐多よ』。自信作公開を前にボルテージを上げつつある佐藤監督に話を聞いた。

アンチテーゼとして現代に問う

企画の萌芽は今から14年前にさかのぼる。

「槐多の絵画や怪奇小説はもちろんの事、幼児期からの破天荒ぶりにはどこか惹かれるものがあって、渋谷の松濤美術館でやっていた『没後90年 ガランスの悦楽 村山槐多』で初めて生の油彩画『尿する裸僧』を目にしたとき、ザワザワと体の奥底から沸き起こる何かを感じた。それが今から14年前。漠然としながらも“槐多を題材にした映画を撮りたい”と思った」

漠然とした思いに火をつけたのが、新型コロナウイルスの世界的パンデミックだ。

「あの時期は多くの人たちが活動の場、表現の場を奪われた。さらに個々の差異や個性を認めない画一化も一層激しくなった。そして今も変わらず、どうなるかわからんぞ!?という危機感が世界中に蔓延している。この息苦しい現代に、表現と個性の爆発の塊のような槐多の魂をアンチテーゼとして問うてみたら面白いだろうと確信した」

熱い思いは友を呼ぶ。『眼球の夢』でタッグを組んだ坂口一直プロデューサー、そして佐藤監督の作品を長らく支えてきた脚本家・夢野史郎も、実は槐多に興味を持っていたのだ。座組はすぐに固まり、製作が決定する。

「正直なところ、村山槐多は知る人ぞ知る芸術家。いわゆるメジャーな存在ではない。それなのに槐多を好んでいる人間が同じところに3人も揃うなんて…。やはり俺たちはどこかで趣味趣向が共通しているんだな」

佐野史郎もオファー快諾で怪演

「表現の大爆破」をテーマに、メインキャストはオーディションでフレッシュ勢を起用。そして主人公・槌宮朔(遊屋慎太郎)の過去を知るスクラップ工場の男として、ベテランの佐野史郎にオファー。佐野も「日本の本物のアングラの火を消してはいけない!」と出演を快諾した。

劇中には槐多の絵や詩、小説などへの言及はあるが完全オリジナルのストーリー。槐多を知らなくても十分に楽しめて、還暦超えとは思えぬ佐藤監督の力強さと美意識に貫かれた異色作になった。

「槐多の小説の脚色や評伝にする気は毛頭なくて、槐多が生み出した芸術や表現というエッセンスを俺なりに嚙み砕いて吐き出して、まさに表現の大爆発を観客たちに浴びせたかった。俺は2025年で監督デビュー40周年。世界情勢も俺自身も今後どうなるかわからないという危機感の中で、己にしかできない映画を今こそ作らねばという気持ちを持って完成させた。より多くの老若男女に観て感じてもらいたい」

パリ人肉事件犯人による企画も

佐藤監督の海外人気は日本以上に高い。コロナ禍がなければドイツのハンブルク日本映画祭で特集上映も予定されていたのだとか。

「ありがたいことに海外には熱狂的ファンも多くて、若い女性から日本でVHSでしか発売されていないパッケージにサインをお願いされたこともある。映画とは国境なきものだから、海外の人々が共鳴してくれるのは非常にうれしい」

近年は寡作だが、映画化をもくろむ企画は山ほどある。自身の作品に幾度となく起用したパリ人肉事件の故・佐川一政から預かった脚本も自宅に眠っている。

「佐川さんとは出会った瞬間から意気投合。佐川さん原作・脚本の企画もある。海外ロケものだけれど、いつか手掛けてみたい。『火だるま槐多よ』がヒットして次に繋がることを願うね。今回の撮影後、新たに浮かんだ企画もあるし」

久々の新作公開を祝して、12月23日から新宿のK's cinemaにて“血だるまヒサヤス もしくは 美の男”と題した特集上映を開催。佐藤監督にズームアップ映画祭新人監督賞をもたらした長編デビュー作『狂った触覚』や『波動〜WAVE~』など未ソフト化のレア作品を続々と上映する。『火だるま槐多よ』とともに、尋常ならざる年末年始を過ごしてほしい。

なお、佐藤監督が新作公開を目前にして自身のSNSアカウントを初開設。ユーザーからの好意的反応に「まだ使い慣れていない初心者です」と恐縮しながらも、電脳世界での交流と広がりに興味を示している。

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