「最近伶太の夢ばかり見ます。
夢の中の伶太は穏やかです。
電話でも良いから連絡下さい。」
水口小百合(みずぐち・さゆり)さんの長男伶太(りょうた)さん(当時22歳、大学4年生)が行方不明になってから7年近くが経ちました。小百合さんは伶太さんに会いたくて、今も情報提供をSNSで必死に呼びかけ続けています。
当時、広島市内で一人暮らしをしながら広島大学に通っていたという伶太さん。行方が分からなくなったのは、2016年11月24日午後11時半ごろのことです。小百合さんから伶太さんに電話をかけました。何度もかけてやっと出たと思ったら切られてしまったり…ようやくつながったと思ったら電話越しで「生きてても仕方ない」といいながら、泣きじゃくっていたりしていたという伶太さん。落ち着かせようとしていた小百合さんでしたが、伶太さんに何も言ってあげられず…そして携帯の電源は落ちたまま音信不通になったそうです。
また行方不明になる直前、伶太さんは山口県下関市内の公園で「彼女と別れたので死にたい」と一人の友人に相談していたとのこと。というのも、行方不明になる14日ほど前の10日に5年間付き合った彼女と別れていたといいます。
「行方不明になった当日のお昼ごろ、大学とアルバイト先には伶太が連絡を入れて休んでいたようです。その日の夜私から電話をかけた時、泣くばかりの伶太。どうすればいいのか何も言ってあげられなかったことがとても心残りです。もう一度最後の電話をやり直せるなら『大丈夫。私は伶太の味方だよって』って言ってあげたかった…」
失踪直後に息子の財布を発見 母はうつを発症…生死不明のまま月日が経った
最後の電話に後悔の念を持ちながらもずっと伶太さんの帰りを待ち続けている小百合さん。行方不明直後のことを、こう振り返ります。
「警察に行方不明者届を出しました。数日経った12月2日、免許証や保険証、学生証などが入った伶太の財布が下関市垢田(あかだ)地区にある人工島で見つかったものの、所持していたはずのカバンや携帯などはありませんでした。また何か手がかりがないかと、業者さんにお願いしてパソコンのロック解除もしてもらったのですが、やはり遺書らしきものはなくて。本当のところ、行方不明になった理由は分かっていません。その後、財布が見つかった人工島のことで海上保安庁や、下関から近い九州方面の警察に問い合わせたりもしましたが…何も手がかりはありませんでした」
そして、SNSで呼びかけたり探偵に頼んだりとあらゆる手を尽くしながらも、有力な情報もなく生死不明のまま月日が経ちました。そんな中、3年ほど前には旦那さんと離婚し、伶太さんと会えない苦しみに何度も死のうと思ったという小百合さん。今はうつを患い薬を飲み続けている日々だといいます。
「過去には薬を一度に大量に飲んだり、カッターで腕を切ったり、飛び降りもしたり…何度も自殺未遂を繰り返したこともあります。またうつから解離性障害になった際は車椅子生活の時もありました…今は夜寝るためだけに薬を10錠飲んでいます。
今年2月には誤って転んでしまって、左手首を骨折。骨がくっついて夏の終わり頃にプレートを外す手術を受ける予定です」
先月の7月20日には29歳の誕生日を迎えた伶太さん。ただただ生きていることを信じて、小百合さんは待ち続けています。
「伶太は、最愛の一人息子。とても寂しがりやで石橋を叩いて叩いて壊すタイプ。冒険とかはしないタイプで感情はあまり表面に出さない子でした。霊感師に伶太の居場所をみてもらったことがあるのですが…どこどこにいると言われて行ってみてもいなかった時は泣きじゃくり、心が本当に折れました。
でも生きててほしい、その一心で今はSNSに投稿しています。死ぬよりも伶太に会いたい気持ちが強いので自殺なんてできません。とはいっても、夢を見て叫びながら起きることありますが…生死不明って一番辛いです。性別が変わっていても、家庭を持っていても驚かないから連絡ください。会うまで死ねません」
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怜太さんの特徴は、身長180センチ、やせ型。血液型はA型。左手首に大きな傷、右耳後ろにほくろがある。ふちなしのメガネをかけていた。失踪当時、グレーと赤のリュックを持っていたという。写真は、成人式の時に撮影したもの。
怜太さんの情報を求めています。連絡先は、小百合さんのTwitter(現X)(@0_sayuri_0)のDM、または山口県下関警察署(083-231-0110)へ。