「北関東エスニック国道」R354に集まる外国人たち 異国メシから見えてくる「見えない人々」の息づかい

松田 義人 松田 義人

インドのシク教の寺院・グルドワーラーにおいては、信仰者が立場に関係なく同じように座り、同じ食事を取る「ランガル」という儀式があります。

インド国内のように見える写真ですが、並ぶ人々の後ろには見慣れた黄色いナンバーの軽自動車があります。ここはほかでもない日本国内、茨城県境町というエリアです。写真が示すように、北関東と呼ばれる群馬・栃木・茨城各県には諸外国からの移住者が多く、そして彼らが独自の民文化を形成しています。

地元はもちろん、このエリアに詳しい人の間では、これまでザックリと「あの辺、外国人多いよねー」「あの辺、日本語通じない飲食店あるよね」といった感じで語られていましたが、この「見えない人々」の慣習や文化、社会をつぶさにルポした一冊が今年刊行されました。『北関東の異界 エスニック国道354号線 絶品メシとリアル日本』室橋裕和・著(新潮社)です。

「国道354号線」で社会を形成する「見えない人々」

国道354号線とは、群馬県高崎市から茨城県鉾田市へとつなぐ片側1車線が多い、さほど大きくない、日本ならどこにでもありそうな道路です。しかし国道354号線沿いには多くの外国人が移り住み、独自の社会を形成しています。ブラジル人、ペルー人、コロンビア人、パキスタン人、インド人、スリランカ人、中国人、韓国人、フィリピン人、ベトナム人、タイ人、インドネシア人などですが、それぞれ独自のコミュニティーを形成し、確かにこの国道沿いや周辺には、同郷人だけを目当てにした「読み方がわからない看板」の飲食店もあります。

北関東の風景の中に「読み方すらわからない看板」が目に飛び込んでくることでシュールかつカオスな雰囲気を醸し出しているわけですが、かと言って、これだけ複雑に絡み合う移民社会です。そう簡単に踏み込めるものでもなく、これまで多くのメディア、ルポライターが取材に取り組めないままで、「見えない人々」とされてきたように思います。

この未到のルポをしたのがアジア専門のライター、編集者の室橋裕和さん。本書冒頭ではこんなふうに綴っています。

どうしてこの地域に、どんな事情で外国人が集まるようになったのか。そして彼らはどんな暮らしをしていて、地元の日本人はどう感じているのか......急速に『移民社会』化が進む日本の、 縮図がここにはあるかもしれない。ついでにいうと、きっと本場の異国飯も楽しめるはずだ。 僕はそんなことを思って、じっくりと354を旅してみることにした(はじめにより)

市民人口の約1割を外国人が占める茨城県常総市

導入で「じっくりと旅してみる」と淡々と決意を述べています。そして本の内容はロードムービー・ノンフィクションとも言うべき実に濃いものです。

諸外国人が移住してきた経緯や地元産業への貢献度などを追い、彼らが織りなすコミュニティの様子をリアルに紹介しています。また、その移民社会と地元および日本との関連や、日本全体が抱える問題点なども掘り下げて、国道354号線にゆかりがない人も、その衝撃に圧倒される一冊になっています。

茨城県常総市のレポートでは、市民人口の9.6%が外国人となっており、しかもその構成は南米、東南アジア、南アジアという多様な顔ぶれを紹介。その象徴と言える地元の賃貸物件「亀仙人街」という古びたテナントビルのルポでは、タイマッサージ、タイ料理店、タイスナック、フィリピンバー、ハラルショップ、スリランカ料理店などが混在しながら、異国の日本でたくましく暮らす彼らの様子を浮かび上がらせます。

興味の範疇だけでなく、外国人の経済貢献にも踏み込んだ一冊

かなりの取材を経てまとめられたことがよくわかる一方、誰にとっても楽しく読める軽妙な筆致も本書の魅力です。特にたびたび登場する各国の料理の様子は食欲をそそり、そして読み進めていくうちに、まるで著者の室橋さんと一緒に、国道354号線という街道を巡っている気になります。

担当編集者に話を聞きました。

「『旅館居ぬきのモスク』『日系ペルー人親子が営むレストラン』『技能実習生たちのランチ』といった興味をそそられる部分だけでなく、日本を支えてきた外国人『労働者』の姿も描く硬派な一面もあるのが本書の特徴です。そのあんばいを、書籍タイトル・章タイトル・小見出しでいかに表現するか、著者の室橋さんと何度も検討を重ねながら、刊行に至りました。

実は私自身が栃木県の『国道354号線』沿線出身者です。関東平野の中に大きな工場がいくつも並ぶ……というのは幼い頃から慣れ親しんだ風景で、中学時代は日系ペルー人の同級生がいました。そして、近所の畑にはいつの間にか外国人の姿が見られるようになりました。どうしてこの日常風景が出来上がったのか、なぜ彼らは北関東にやってきたのか……背景を考えたことは、恥ずかしながら一度もありませんでしたが、室橋さんの原稿を読んで、初めて謎が解けました。北関東の状況には『日本の産業の歴史・問題』が深く関係しています。全国どこにお住いの方にも、読んでいただきたい一冊です」(担当編集者)

メディアがこれまで取材してこなかったリアルな現場の様子をゾクゾクと感じることができる一冊です。

 

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