伊藤若冲デザインの石仏「五百羅漢」無残…倒れて、真っ二つ 出没繰り返すイノシシの仕業 京都の禅寺を襲った悲劇

国貞 仁志 国貞 仁志

 

ある石仏は倒れ、真っ二つに割れていた。

  江戸時代中期の絵師、伊藤若冲がデザインしたと伝わる石峰寺(京都市伏見区)の「五百羅漢」。笑っていたり、なげいていたり、とぼけていたり。竹林の間から光が差し込む空間にいろいろな表情、姿、しぐさの石仏がたくさん並ぶ。境内には若冲の墓も残っている。

 「イノシシです。ゴーンとぶつかって、倒れて割れてしまいました」。3月上旬、現地を案内してくれた住職の阪田良介さん(43)は壊れたままの石仏を指さし、表情をくもらせた。

 観光客でにぎわう伏見稲荷大社から南へ歩いて10分。閑静な黄檗宗の禅寺に、イノシシが出没し始めたのは4年前だった。夜間にときどき、親子とみられる数頭が現れ、翌朝になると、境内や墓地の土が根こそぎ掘りかえされていた。

 エスカレートしたのは2年前から。「毎日出るようになった」と阪田住職は話す。夜にイノシシの鼻息が聞こえ、庭の池で水浴びしたり、水を飲む音まで聞こえたりした。

  掘りかえされた土があれば埋め、石仏や墓石が倒れていれば元に戻す。そんな毎日がくり返された。

 阪田住職はイノシシが裏山から出入りするのを目撃していた。その先にあるのは京都市が管理する深草墓園。境界に防護柵を設けてもらえないか再三要請したが、協議はととのわず、年月が流れていった。

 昨年の秋。日中、五百羅漢を拝観していた参拝者から「イノシシがいた」と伝えられた。初めてのことだった。阪田住職も同じ頃、昼下がりに体長1メートルほどのイノシシに出くわし、手をたたいて追い払った。もう見過ごせる状況ではなくなった。

 「石仏と参拝者を守らんとあかん」

 新型コロナウイルス禍から参拝者も回復しつつあり、阪田住職は市との話し合いを強く求めた。市は重い腰を上げ、ことし2月、深草墓園と寺の境界に侵入防止の柵を設けた。

 その後、石峰寺も五百羅漢の拝観エリアに接する竹林に高さ1・3メートルの柵を25メートルにわたって張りめぐらせ、侵入路をふさいだ。行政からの補助はなく、全額自費で1日かけて作業した。

 イノシシによると思われる被害は、近隣の民家や畑でも目立っている。石峰寺の南にあり、総門や本堂が重要文化財に指定されている宝塔寺も、墓地の古い石塔が倒されたり土が掘りかえされたりしているという。

 農作物の被害を防ぐため、市は2017年度に稲荷山の南から1・7キロにわたり金網のフェンスを整備した。猟友会に一定数の捕獲許可を出し、適正な管理に乗り出している。

 市南部農業振興センター(伏見区)によると、稲荷・深草エリアの本年度の捕獲状況は前年にくらべて多く、個体数の増加が推定されるという。担当者は「東山、山科側とは山続き。イノシシはえさを求めて一帯をぐるぐる回っているのではないか」とみる。

 境内を柵で囲ってから、石峰寺にはイノシシが現れなくなったという。平穏を取り戻し、安心して春の行楽シーズンを迎えられることに、阪田住職は胸をなで下ろす。

 ただ一方で、心配も口にする。「うちは柵を作ってイノシシが出るのを止めることはできましたが、近くの民家さんはまだ同じように困っていると思います」

 若冲ゆかりの寺で起きたこと。それは、里山と人の境界で起きている「異変」のシグナルかもしれず、行政や社会全体に重い宿題を突きつけている。

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