ロシアによるウクライナ侵攻がはじまり、まもなく9カ月になる。今もウクライナ北東部の都市・ハルキウに滞在し、150人のウクライナ避難民とともに生活をしながら支援を続けている75歳の日本人男性がいる。東京都出身の土子文則(つちこ・ふみのり)さんだ。彼は自分のことを「ただの年金をもらっているおじいちゃん」と言うが、土子さんが滞在するハルキウはロシアとの国境から30キロ程度しか離れていない地域。砲撃が繰り返され、朝晩に空襲警報が鳴るような状況が続いている。危険な現地でボランティアを続ける原動力は何なのか、思いを聞いた。極寒の季節を目前に避難民へのサポートが乏しくなってきているといい、「ただのおじいちゃん」は懸命に支援を呼びかけている。
ポーランド滞在中に、まさかのウクライナ侵攻開始
――ロシアのウクライナ侵攻から気が付けば、263日目(取材時:11/13現在)たとうとしていますね。
国の事情があるので仕方ないことですが、ハルキウで日本人のジャーナリストを見たことはありません。だから現状をちゃんと伝えられているとは思えないのです。一部の写真に写っていることだけが事実ではないんですよ。
――どうしてハルキウでボランティアをすることになったのですか
もともとは若いころからの夢で、海外に行ってみたいと思っていました。そこで年金で生活できる国を探した時に、ポーランドが住みやすそうだったので、移住するつもりでポーランドに滞在していたんです。その時に、ウクライナ危機が起こりました。
ポーランドのセントラルステーションに、ウクライナから多くの避難民が押し寄せてました。そのほとんどが、お年寄りや女性や子どもたちです。駅の冷たい床の上にじっと座っているしかない、そんな状態でした。そして、そんなウクライナの人たちを必死にサポートするポーランドの人たちの様子を見て、「自分もなにかできることはないか」とボランティアセンターに登録して、ボランティアを始めました。
2月いっぱいポーランドでボランティアをし、その時に知り合った人から、陸路でキーウに行くことができると聞きました。キーウにたどり着いたのは3月中頃になります。
ちょっとした誤解から郷土防衛隊に所属することに
――キーウではどのようなボランティア活動をされていたのですか
キーウの中央広場に「SAVE THE AZAS」と描かれた看板を持って座っているアメリカ人がいたんですね。看板の意味はあまりわからなかったけど、とりあえず私もその横に座ることにしました。支援したいと思ってもどうしていいかわからなかったもので。1週間くらいするとそのアメリカ人に、「お前はなにがしたいんだ」と聞かれました。言葉をあまり知らなかった私は、「I fight」と言ってしまったんですよね。私にとってボランティアで後方支援をすることも戦いだと思っていたので…。それならと、彼から「郷土防衛隊」を紹介されてしまった。
――郷土防衛隊といえば、いわゆる義勇兵の部隊ですね。勘違いだったけれど、そのまま面接を受けて在留したと…
そうですね。キーウに到着して一度はウクライナのボランティアセンターに行きました。でも、ボランティアセンターはまだあまり機能していなかったんです。それならば、防衛隊の中で皿洗いでも雑用でも、そういう支援をしようと思ったんですね。私は日本国民ですし、日本国憲法を守る義務があるので前線に出ることはできないし、銃を持つのも無理だとは初めに伝えていましたしね。
――郷土防衛隊では実際にどのような支援をされていたのですか
へルパーで働いていた経験から医療班に配属され、1週間ほど病院で研修を受けた後に、簡単な止血処置とか帰還兵のリハビリの手伝いやその他の雑用なんかをしていました。
「あなたがここに来た初めての外国人です」地下鉄内の避難民との出会い
――キーウで郷土防衛隊に所属していた土子さんが、どうしてハルキウに滞在するようになったのですか
若いころは学生運動をしたこともあります。だからでしょうか。郷土防衛隊にこのままいるのは違うんじゃないか…。何というか、もやもやとした思いが出てきました。
そんな時に「ハルキウの地下鉄の駅構内に、500人くらいの避難民がいるらしい」という、本当にちょっとした噂を耳にしたんです。それで、そこに行こうと思い立ちました。そこから、郷土防衛隊の隊長に理由を話し、離脱してハルキウに電車で向かいました。
――噂だけを信じて行かれたのですか
とりあえず行きましたね。それだけ多い避難民ならすぐ見つかると思ったんです。ただ現地について、そこの住民たちに聞いても誰一人知らないと言うんです。だから、地下鉄を1週間かけて一駅一駅探しました。そしてやっと見つけたんです。
――地下鉄内の避難民と出会った時の状況を教えてください
ひどかったですね。何もありませんでした。冷蔵庫や調理器具はもちろん、トイレットペーパーなどの日用品すら。トイレや寝ている周りも仕切りがあるわけではないし、シャワーもないので、一つしかない洗面所の水を使って、体を拭いたり頭を洗ったりしていました。
噂では500人と聞いていましたが、すでに他の国へ避難していたようで、200人ほどになっていました。今は150人くらいですね。
私は現状を把握しようと、そこの避難民の代表をしているという女性に会いました。もちろん彼女も避難民です。話を聞くと、行政などに支援を依頼しているけれど、まったく音沙汰がないということでした。唯一アメリカの食糧支援NGOが、どんな時も1食は届けてくれていると。2月から私が彼女たちを見つける5月までの3カ月間、1日1食で過ごしていたんですよ。育ち盛りの子どもたちも…。
そして彼女から「あなたがここに来た初めての外国人です」と言われたんです。
宿泊代も「子どもたちの食事にまわしたほうが…」
――なぜ地下鉄駅内に土子さんも住むことになったのですか
私はただの年金暮らしのおじいちゃんです。とくに資産があるわけではありません。とりあえず、自分の持ってるお金で買える食料品や日用品を持っていきました。しかし、150人もいるのですぐに資金は足りなくなりました。
そこで、キーウの知人と相談して、SNSで寄付を募ったんですね。その支援金のおかげで6月からは1日2食を提供できるようになりました。あと、最初のころは民泊を借りて通いながら支援をしていましたが、宿泊代も子どもたちの食事にまわしたほうがいいと思って、7月から地下鉄で避難民と暮らし始めたんです。
――地下鉄駅内に避難しているのはどのような背景の人ですか
やはり、女性や高齢の方が多いです。子どもも何人かいます。前線で負傷してしまった子どもをお世話している家族や、ハルキウから出たことがないから最期までここで過ごしたいと思っている人、前線で家族が戦っているのでハルキウを離れたくない人、家族を亡くした人などいろいろです。多くの人が家をなくし住むところがなく、心に傷を負っています。
そして、ここに住むみんな地下鉄内が一番安全だと思っています。だから、ここにとどまるんですよね。みんな、ここにいれば生き残れる。ウクライナが勝って守ってくれると信じていますから。
極寒の季節を目前に次々に停止する支援
――現在は行政からの支援は問題なくされているのですか
SNSの発信を始めたおかげか少しずつ他の国の支援も増え、週に2、3回はポーランドやイギリス、イタリアなどのNGOなどが支援物資を提供してくれていました。しかし、寒い季節になってきたせいか支援疲れなのか、9月くらいからパタッと来なくなりました。現在も戦いは続いているので、かわらず行政はこちらへ支援をまわす余裕はありません。今まで、どんな時も毎日1食届けてくれていたアメリカの食糧支援NGOも資金難で支援が終了してしまいました。今は日本のボランティア団体の協力や、支援金のおかげでなんとか生活できている状況です。
ただ、その資金もいつまでもつかわからなくなってきました。その時ちょうどウクライナに滞在して、フリーハグ活動(ハグをして心のサポートをする活動)をされていた桑原功一さんに会う機会があり相談させていただきました。好意で動画作成をしていただき、クラウドファンディングを始めることにしたんです。
――やはり資金面の問題が大きいですね
本当ならお金はもう大丈夫ですって言いたい。日本から支援いただく資金の中には、本当に身を削る思いで支援していただいていると思うものも多くて…。本当に感謝してもしきれない。でも今はその支援にすがるしかない。どこからも援助がない状況で、ハルキウの厳しい冬を越すのは難しいのです。
ハルキウは発電所も砲撃されましたから、節電しなくてはいけないので50%程度の電力しか使えません。これから、冬を越すための衣類などがさらに必要になってきます。
幸い物流は確保されているので、資金さえあれば買うことができる。ハルキウの物を買うことは、ハルキウの人たちの生活の糧にもなるので、資金支援がとても助かるのは間違いありません。
最後までハルキウを見届けたい
――土子さんが今もボランティアを続けているのはなぜでしょうか
東日本震災の時もヘルパーとしてボランティアに行ったんですね。その時に自分も含め、いろいろな事情で数カ月すると来なくなる人がほとんどだった。その時にボランティアの在り方を考えました。それと、10年ほど前にある罪を犯し服役した経験があります。そのことも、もしかしたらボランティアの動機になっているのかもしれません。
――最後に伝えたいことはありますか
今の現状を、まだまだ大変な状況が続いているということを、たくさんの人に知ってほしいです。戦争が終わっても、前の状況に戻るにはとても長い年月がかかると思います。私は地下鉄駅内の人がみんな家に帰った後も、ハルキウが元の姿に戻るまで見届けたいと思っています。
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【クラウドファンディング】
▽極寒の冬間近…地下鉄に住む150人のウクライナ避難民をサポートしたい
https://rescuex.jp/project/26522