「ざんねんな進化はない!」“帯が攻めてる”と大注目、キリン博士の新著 生き物の「生きざま」見比べて伝えたいことは

茶良野 くま子 茶良野 くま子

「生き物に『ざんねんな進化』はない!」

某人気シリーズを連想させる攻めた帯をまとった話題の本「キリンのひづめ、ヒトの指~比べてわかる生き物の進化」が発売されました。著者はキリン博士の郡司芽久さん(東洋大学生命科学部生命科学科助教)です。    

高血圧なキリンの心臓、物をつかみにくい猫の手など、進化の結果ではあるものの「どうしてそうなった?」と聞きたくなるような生き物の姿、体のさまざまな器官に着目。複雑な進化の仕組みを分かりやすい表現で綴りつつ、進化の歴史を紐解いていく内容で、多くの生き物が登場するコラムもたっぷりです。郡司さんに、本に込めた思いを聞きました。

—「キリンのひづめ、ヒトの指」とあります

「生き物の体の違い…例えばキリンの蹄と人の指は見た目も大きさも全く違っているけれども、もともとは同じものなんだよという代表的な例として挙げました。地球上には本当にいろんな生き物がいますが、どれも同じような生き物から少しずつ形を変えて進化してきたんです」

—違うけれども同じ、と

「本のもとになった連載時、キリンの踵、膝について反響が大きくて。人間なら足の真ん中あたりにあるのは膝なので、キリンの後ろ脚を見て『膝が逆に曲がってるのでは?』と多くの人が思ったようです。でもそこは膝ではなく踵で、膝に当たる部分はもっと上にあります。前脚も同じで真ん中あたりにあるのは人間で言う『手首』なんです。構造的にはそんなに違わないのですが、体の中でどの位置に何があるかが違っていて、そのバランスが異なるだけなんです」

 —「比べてわかる生き物の進化」とあります。この「比べる」の意味は?

「文字通り、『見比べる』です。人間はどんな生き物なのかと考えるとき、人間だけを見ていても、人間にしかない特徴なのかは分かりません。親しい関係性にある生き物のことも調べ、どの部分が共通点で、どの部分がオリジナルなのか、見比べて明らかにしていくことが必要です。ある視点で見たらすごいなという点は、どの生き物に存在しています。人間は道具を作り、技術開発、共有して引き継いでいくという点ではかなり上位にいますが、木登りをしたり、海の中を泳いだりするなど環境が変わって評価する軸が変われば、単体の力では及ばないことがたくさんあります。人間が全く生きられない環境に生息する生き物はたくさんいて、評価の基準が一つではない、というのが地球規模で生き物のことを考える上で大切だと思っています」

幼い頃からのキリン好きという郡司さん。「アイデンティティの強さへの憧れですかね。シルエット、模様、誰が見てもキリンと分かります。体重は700〜800kgにもなり、すごく重くて立っているだけでも大変なはずなのに、見た目にはそれを感じさせないですよね」と話します。

「好き」から研究者に、となればやはりそれを伸ばした環境が気になるところですが—。

「取材でもよく聞かれますが、私を育てたのは私じゃないので…」と笑いつつ、「個人の発信が簡単な世の中だからこそ、自分はこれが好き、これが楽しい、という自分のことを分かる能力というのが大事なのかな。お子さんに対しては『否定しないであげてほしい』と思います。私自身は、親から何か言われたという記憶が本当になくて…。『母は母の人生で忙しい』というのが私にとっては一番大きかったです。親御さんが楽しく生きていれば、お子さんも楽しくいられるのではないでしょうか」

 

 —序章に「自分の体に敬意と愛情を」という言葉があります

「解剖学を学んで何が良かったかというと、自分が何も生み出していない瞬間でも体の中では本当にいろんなことが起きていて、それだけで本当にすごいことだと気付けたこと。友達や家族、他人へのリスペクトの気持ちを持つことは教育されてきたと思うのですが、自分に対しても大事なこと。大学で授業を担当するようになって、『自分自身の体への理解、敬意と愛情を持って生きてほしいな』と感じるようになりました」

—本の帯が話題になりました

「実は本文では『だれかに残念だと言われる筋合いはない』ともっと強めに書いていて…むしろマイルドにしてもらったかな。本当に、生き物に残念な進化はないと思いますし、合理的なものばかりが進化してくるわけではないというのが進化の話の中では面白いことの一つで、トータルで考えなければいけないことなんです。自然界はいろんな基準が存在していて、動物も全てが同じ価値基準で進化しているわけではありません。そのどれもが素晴らしく、エレガントではないとしても、決して残念ではない。そういう進化の形がいっぱいあることを各章を通じて紹介しています」

—全てが「進化」だと

「人気シリーズは子ども向けで、『だからこそ残念とか呼ぶのは教育上どうなの?』ともやもやする大人がおそらくいる一方で、価値基準がまだ多様ではない子どもにとっては分かりやすいのだと思います。進化は『進歩する』『すごくなる』という意味だけではないということを子ども向けに伝えようとしたものだと思うので、向いている方向は同じだと考えています」

「キリンの進化も、高いところの葉っぱを食べるにはいいですが、あの2mもある首で、エサを飲み込んで吐き出すという反芻をすること、脳に血を送るために高血圧になっていることなど、いろんな大変さも同時に背負っています。いい塩梅のところに落ち着いているのが進化の結果であり、そこが本当に面白いところだなと思います」

「キリンのひづめ、ヒトの指」は税別1500円。NHK出版、224ページ。

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