ダメなんじゃないか、私の店 不安に震えても「やっぱり本屋でいたい」 折れかけた女性の心を支えたある新刊

中将 タカノリ 中将 タカノリ

先日、ある書店のTwitter投稿が大きな注目を集めた。

件の投稿とは岡山県岡山市に店舗をかまえる「スロウな本屋」

「この数か月、ずっと言えずにきたこと。何度も書きかけては削除したこと。店を続けられないかもしれない、その恐怖に震えが止まらない日々が続いています。情けないことです。あと1月もつだろうか。こんな本屋、やっぱり無理だったのか。心が折れかけていました。でも、今日届いた新刊をめくるうちに涙が止まらなくなり。私はこの本を紹介したい。本屋でいたい。オンオン大泣きして、本に救われました。明日からまた一冊ずつご紹介していこうと思いました。いつまで続けられるかわからないけど、最後の日まで、全力で本屋を開けます。」(※2022年5月26日投稿)

というもの。

同店は東京、大阪のIT企業や書店での勤務を経た小倉みゆきさんが2015年に地元に構えた小さな書店。売らんかなの商法ではなく、「ゆっくりを愉しむ」をコンセプトに選書にこだわり顧客と丁寧に向き合うスタイルのお店だ。普段はタイムラインは入荷情報、本の紹介が主で落ち着いたトーンのため、突然の感情吐露がファンに与えた衝撃は大きかった。

投稿にはこれまで1万件をこえる「いいね」が寄せられ、ファンや同業者のみならず、投稿を読んではじめて同店の存在を知った人たちから

「時々ですがオンラインショップにて本を購入していました。紹介文も一冊一冊大切に扱っていらっしゃる様子が浮かんでスロウな本屋さんのファンになりました。微々たる物ですが、ずっと気になっていた定期便を申し込みしたいと思います。本当に素敵な本屋さん続く事を願います。」
「私の街もたて続けに3軒の本屋が閉店されました。今までどれだけ本に泣き笑い励まされてきたことか、、頑張って下さい。それしか言えないことに悲しみが増します。お元気で!」
「同じ本屋なので痛いほどわかる思いです。どうか初心忘れるべからずで頑張らないけど諦めない 私も言えるような立場ではないですがファイト いつか伺います」
「個人経営の本屋さんは、本当に大変なときですね……。私は、雇われ書店員ではありますが、お気持ち察します。どうか、リツイートが全世界に広がって、スロウな本屋さんがバズりますように!!!救われますように!!」

など数々の励ましと応援の声が寄せられている。今回の投稿について小倉さんにお話を聞いた。

ーー今回のご投稿にはどのような背景があったのでしょうか?

小倉:2月頃から店舗、オンラインショップ共に売上が激減していたんです。はじめはコロナ禍や、戦争が始まったことによる一時的なものかと思っていたのですが、そんな状況が4月、5月になっても続き苦悩していました。

私の努力が足りないのではないかといろいろ試行錯誤しました。ですがある時、近所の他業種のお店の方たちとお話したところ同じく2月頃から不調だということ。これはもう個人の頑張りではどうしようもない大きな波のようなものに飲み込まれてしまったのではないかと呆然としました。

少し前に話題になった「ぼく」(岩崎書店 谷川俊太郎作、合田 里美絵)という絵本があります。

子どもの自死をテーマにしたズシンとくる本で、初め読んだ時にはわからなかった少年の行為が、その頃は理解できるような気持ちになっていました。もちろんそれを実行に移すようなことはありませんが、精神的にそうとう追い込まれていたんだと思います。

ちょうどそんな時、今回の投稿のきっかけになった新刊が入荷しました。「私自身が本屋を続けられるかわからない状況で書店特集の本を読むのはつらいな」と思いながらもページをめくっていると、平川克美さんの

「特別なことなんだけど、何かのためにやっているわけではないこと。目的はないけれど、自分にとってすごく大事なことがあって、ひょっとすると非常に非合理的かもしれないし、役にも立たないかもしれないし、他人に迷惑をかけるかもしれない。だけど、そこだけは外せないんだということです」

という言葉が飛び込んできました。特別なことなんだけど、何かのためにやっているわけではないこと…私にとってそれが本屋でした。読みながらこみあげてくるものがあり、気が付いたらTwitterに投稿していました。

ーー普段は落ち着いたトーンの投稿が多いので、みなさん驚かれたんじゃないでしょうか。

小倉:ほとんど無意識のうちに投稿していたんですよ。振り返ると「すごいことをしでかしちゃったな…」と思います(笑)。

ーー反響はいかがだったでしょうか?

小倉:投稿直後から大きな反響があり、オンラインショップにも次々に注文が入り翌朝目が覚めた時にはすごいことになっていました。一週間はその対応で無我夢中でしたね。その後も本を買っていただいた方たちから「届きました」とか「読みました」というSNS投稿がたくさんあり、涙の出る思いです。

ーー図らずも当面の危機を脱することができたわけですね。今の心境をお聞かせください。

小倉:「なんでみなさんこんなに良くしてくださるんだろう」と有難く思う反面、これは一時的なことだし、今後また本が売れなくなったらどうしようという不安も首をもたげました。そんなことを常連のお客さまに話すと「今だけを見てなさい」とアドバイスされたりして(笑)。今はその言葉の通り、いただいた反響に懸命にこたえたいと思っています。

ーーコロナ禍以前から書店という業態自体が苦境にあると聞きます。小倉さんはお店を取り巻く環境についてどのように感じていますか?

小倉:落ち込んでいた時にはこんな時代に本屋を始めること自体が間違っていたのかと思うこともありました。ですが、今回の体験で本や本屋を大事に思ってくれる人がこんなにもいるんだということを身をもって知ることになりました。

この前いらっしゃったお客さまは「Amazonでは子供の絵本を選べないよね」とおっしゃってました。うちは小さな本屋ですが、この規模だからこそできるこだわった品ぞろえや丁寧な説明を心がけて、本好きの方たちのに寄り添っていければと思っています。

ーーコロナ禍や戦争は人の心に少なからぬ影響を与えていると思います。こんな時代だからこそおススメしたいという本を教えてもらえないでしょうか。

小倉:マルク・ヤンセンさんというオランダの作家さんが書いた「しま」(福音館書店)という文字のない絵本があります。

嵐で難破した船から逃げてきた二人がたどり着いたのは、まるで島のような大きな亀の甲羅。亀がいろんなところを泳いでいって最終的に二人は助かるというお話なんですが、実は今回、私もこの亀に助けられたような気持になってるんです。人間のつながりが希薄になったと言われ、なにかと「自己責任」という言葉を目にする現代ですが、まだまだ捨てたもんじゃない。私は溺れかけていたところをみなさんの善意ですくい上げてもらったようなもんですから。大きな善意でなくてもいいので、みんなが困っている人に少しでも手を差し伸べれば、この世の中はより豊かなものになっていくんだと思います。

次におススメしたいのは「迷子の魂」(岩波書店 オルガ・トカルチュク作、小椋彩訳、ヨアンナ・コンセホ絵)。

働きすぎて魂を見失ってしまった男性のお話です。男性はお医者さんに「魂が戻ってくるまで待ちなさい」と言われ、仕事もやめて郊外の家で何年も何年も魂が戻るのを待つだけの生活。そのうちに遠くに置き去りにされていた魂が旅をしながら男性のもとに帰ってくるというストーリーです。最近は忙しさや社会的な出来事のせいで精神的に疲れ切っている人が多いと思います。「迷子の魂」はそんな人に自分を見つめなおすために読んでほしい絵本です。

◇ ◇

小さな書店の運命を変えた一件のTwitter投稿。小倉さんの言う通り、今回の出来事は数多の善意が人を救った好例と言えるだろう。昨今の社会不安の中、小倉さんのみならず多くの人が苦境にあると思う。おそらく読者のみなさんの近くにも…そんな人がいると気付いた時、もし余力があるならばぜひぜひ優しさを傾けてあげてほしい。そんなことの積み重ねがきっと幸福な社会の実現につながるはずだから。

なお、スロウな本屋では「どんな絵本を選んでいいかわからない」という人に向け、絵本を毎月届ける「絵本便」というサービスを実施している。ロングセラーから新刊まで、長らく書店の店頭で子どもたちに接してきた小倉さんのバランス良いセレクトが楽しめる魅力的なサービスだ。ご興味ある方はぜひホームページをチェックしていただきたい。

スロウな本屋 店舗概要
所在地:岡山県岡山市北区南方2丁目9-7
Twitterアカウント:https://twitter.com/slowbooks
ホームページ:https://slowbooks.securesite.jp/
絵本便:http://slowbooks.jp/post.html

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