“避妊手術”らしき痕があるのに、激しい発情…「いったいなぜ?」 再手術して挑んだ、キジトラ猫のミステリー

小宮 みぎわ 小宮 みぎわ

とても猫好きなOさんは、そのときすでに猫を5匹飼っておられました。しかし、琵琶湖湖岸近くの「野良猫のたまり場」で臨時のTNRボランティアをされたときに、心を動かされました。そのたまり場にいたキジトラ雌とチャトラ雄の2匹を捕まえて、その足で当院へ…嬉しそうにやってこられました!

Oさん「飼うことにしたので、健康診断してください!」

私「えー!また飼ったの?(笑)」

このような場合、獣医師はまず体重測定、検温。全身を診て、触って、心臓や肺の音を聞いて、口の中の状態をチェックします。それから、検便をして腸に寄生虫がいないか、ノミやダニがいないかをチェックします。血液検査では猫エイズ・猫白血病にかかっていないかをチェック…そして推定何歳くらいかを考えます。

雌の場合には、特に子猫ではない場合は、避妊手術がされているかどうかも確認します。つまり、お腹のおへそより少し下の毛を刈り、そこに2~5センチ程度の切り傷痕がないかをみるのです。

そのキジトラちゃんは、まさにちょうどその場所に、皮膚を切って縫った痕がありました。その痕は、Oさんとも一緒に診て触って確認しました。そしてわたしは、「この子は歯周病がひどいけれども、おそらく1~2歳で、避妊手術は必要ないと思います」とお伝えしました。

ところが、春になり暖かくなるにつれて、そのキジトラちゃんに激しい発情が来ました。雌猫は発情が来ると(一般的には、春に発情が来ます)大声で鳴いて、近くの雄猫を誘います。床にゴロンとなり、「来て…」と。家族や、他の猫チャンたちも眠れないほどの大声で、毎晩鳴きました。

私は、急きょキジトラちゃんの手術を行うことにしました。ただし、いろいろ考えておかなければならないことがありました。

避妊手術は、卵巣と子宮を切って取り出す手術です。あるいは、卵巣だけ取り出す場合もあります。卵巣さえ取り出せば、発情も無くなり妊娠もしなくなります。卵巣は、人間も犬猫も同様にお腹と胸の境目あたり、背中側に左右ひとつずつ、ラグビーボールのような形のものがあります。猫の場合、その卵巣の大きさは、まだ発情が来ていない幼い子猫だと数ミリ、発情が来て十分発達しても長い軸で1.5センチ程度です。

当院はとても小さな病院で、手術は月に数回程度です。ですが、開業して2年にもかかわらず、「避妊手術をしたけれども発情がある」という猫ちゃんの来院がこれまで4件もありました。そのうち2件は、全身麻酔をかけてお腹を開けると、避妊手術をした形跡はあるのですが、卵巣の一部が残っていました。卵巣が残る原因として考えられるのは、主に3つあります。

ひとつは、残念なお話ですが、避妊手術をした獣医師が卵巣の境界をしっかり確認して切除しなかったために、取り残してしまうケースです。卵巣はお腹の中で靭帯で背中側にしっかりと固定されているため、それを引っ張りだして切除するのは大変やりにくく裏側が見えにくく、ゆえにそういうこともあります。ふたつめは、きちんと切除はしたけれども、それを取り出す時にお腹の中に落としてしまうケース。卵巣は、何せゆくゆくは赤ちゃんになる元の細胞たちの集まりですから、生命力たくましく、うっかりお腹の中にたとえ小さくても卵巣の一部を落としてしまうと、それがその落ちた場所で血管を引き込み、ゆっくりと成長して新たな卵巣になることがあると言われています。

みっつめは、「異所性卵巣」のケースです。通常の位置にある卵巣とは別の場所に、もうひとつあるいは複数個の卵巣がある、というケースがあります。その場合には、通常の位置にある卵巣を切除しても、残っている卵巣から発情に関与するホルモンが分泌されるので、「避妊手術をしたけれども発情がある」という状態になる可能性があります。

それ以外には、例えば片側の卵巣をとった時点で、両方ともとったと勘違いして手術を終えてしまったとか、卵巣や子宮に奇形があり、本当は卵巣があるのだけれども探し出せず、残したまま手術を終えてしまったとか…いろいろな状況が考えられます。そうなのです。猫の卵巣はとても小さいので…ましてや異所性卵巣は正常な位置にある卵巣よりもずっと小さいことがほとんどなので、お腹を開けて探しても、胃や腸や大腸がぎゅうぎゅうに入っているところで、数ミリの臓器を探すのはなかなか難しいのです。

ですから、このキジトラちゃんの手術をする場合、これらすべての可能性を考えて、手術器具などいろいろを用意しておかなければなりません。果たして、お腹を開けてみると…。

かなり、かなり大きくなった卵巣と子宮が出てきました。つまり、手術はされていませんでした。避妊手術のため…かどうかはわかりませんが、皮膚を切ったけれども、何らかの理由で、そこで手術を中止してしまったようなのでした。

…なぜ?

本にゃんに聞いてみても、わかるはずもなく…。また私はいろいろ妄想をしてみました。

麻酔をかけて、手術をしようとしたところで、麻酔を続けられない何かが発生した…例えば、不整脈が出て、これ以上麻酔をかけておくのに不安を感じた獣医師が、手術を中止してしまった可能性があります。ちなみに当院の手術では、手術を中止しなければならない程の不整脈は出ませんでした。

このような場合は、大きな麻酔医のいる動物病院で再度手術をしてもらうのが良いと思います。しかし、もともと勝手に家に居ついた野良猫に、元飼い主はそこまでするのがめんどくさくなって、野良猫のたまり場に捨てたのか?

いや、もっと人間の性善説を信じれば…連れて帰った元飼い主は仕方なくそのまま家で飼っていたけれども、キジトラちゃんが発情して家出したとか…。

いずれにしてもこのキジトラちゃんは、無事に避妊手術が出来て、新しい家には猫仲間もたくさんいて、とても大切に飼ってくれる新しい飼い主さんのものとで、今後も幸せに暮らしてゆけるでしょう。ハッピーエンドは気持ち良いですね!

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