徳島県で世界初の試み とっても不思議な乗り物は、廃線の危機を救うためだった

二木 繁美 二木 繁美

世界初の試みを、徳島県の阿佐海岸鉄道が実現。道路も線路も走れるという夢のような乗り物DMVの営業運行を2021年12月25日に開始しました。利用者数が激減し、廃線の危機にさらされている同鉄道の起爆剤となることを目指しています。

線路を走るバス!?

視界の両端に海と山、のどかな風景の中を走るボンネットバス。坂道を上り、駅の手前へたどり着くと「モードチェンジを行います」という車内放送が流れます。ここから走るのは、なんと鉄道の線路の上。バスが線路の上を走る……なんとも不思議な感覚です。ボンネットバスを改造した車体が線路を走る姿は、とてもシュール。さらに「世界初の営業運行」と聞くと、なんだかワクワクしてきます。

正式名称は、「Dual Mode Vehicle(デュアル・モード・ビークル)」。JR北海道が2008年の洞爺湖サミットでデモ走行を行い、過疎化が進む自治体やローカル鉄道に注目されました。

しかし、多くの自治体やローカル鉄道が、DMVの導入を検討しながらも断念。開発に携わったJR北海道も、最終的には導入を断念してしまいました。そんな中、なぜ、阿佐海岸鉄道だけが導入をあきらめなかったのでしょうか?

なぜバスではなく、DMVなのか

この阿佐東線(あさとうせん)は、もともと、国鉄阿佐線となるはずの区間でしたが、1980年の国鉄再建法施行によって建設中止に。その後、地元の声を受けて、1992年に第三セクター阿佐海岸鉄道が開業しました。

開業当初は年間17万人を越える利用者がいましたが、沿線の過疎化や少子化に伴う学校の統廃合によって、現在では収益のほとんどを自治体からの基金に頼るという、厳しい状況に置かれています。

もし、仮に鉄道が廃線になったとして、バスを代替手段とすることもできたはず。そこで、DMVを担当する、徳島県 県土整備部 次世代交通課 新技術鉄道担当 副課長の脇谷(わきや)浩一さんに聞いてみました。

「単純にバスにしてしまうのではなく、DMVというどこもやっていない手法を使って、新たな人の流れを生もうと考えました。地域の足を守りながら、県外から人を呼び、経済波及効果を作りたいというのが一番の目的です」と、脇谷さん。

徳島県内でも、特に早いスピードで過疎化と高齢化が進むこの阿佐東(あさとう)地域は、高速道路すらなく、国土開発が一番遅れている場所。他と同じ事をしていたのでは、衰退する一方だと脇谷さんは語ります。

「まずは、鉄道の経営改善を考えたのです」と、脇谷さん。線路や駅など、今ある鉄道施設を残して活用することも、目的のひとつでした。定員約20名と小さなDMVは、阿佐東地域の鉄道利用状況にもぴったりだったのです。

そこで、他地域があきらめたなか導入に向けて邁進。実現できた理由については、「2015年に国土交通省がDMV技術評価委員会を開催し、DMV実用化に向けた一定の前提条件を示したことが、一番大きかったですね」。DMVの実用化が可能として、国が技術評価を与えたことが後押しとなり、徳島県は2016年、正式に阿佐東線へのDMV導入を決定しました。

DMV導入への苦労

とはいえ、世界初のDMV営業運行には、当初は想像もつかなかった苦労があったと言います。一番大変だったのは、開発者でもあるJR北海道の導入断念によって、DMVの先駆者がいなくなってしまったことでした。「お手本となる教科書がなくなってしまったようなものです」と脇谷さん。

鉄道とバス、両方の機能をもつDMVは、法令も両方守らなくてはなりません。さらに、安全性の検証などすべてをやらなくてはならなくなったのです。

「そこからはトライアンドエラーの繰り返しでした」と、営業車両として走らせるために、メーカーやJR北海道の協力を受けて性能試験を開始しました。しかし、2021年の技術評価検討会で、電車モードの走行時に前輪を支える「車輪アーム」の強度不足が指摘され、運行開始が延期に。そこから再度、車輪アームの設計や製作を行ない、検討会での評価を経て、2021年12月25日に営業運行を開始したのです。

脇谷さんは「これからは運行しながら、5年後、10年後の健全性を確保していくことが目標です」と話し、通常4年ごとに行われる鉄道の全般検査を、DMVでは毎年行う予定にしています。メンテナンスの周期を短くすることによって、摩耗品の検査などを密に行い、さらなる安全運行のために、データを積み重ねていくのです。

地域のこれから

コロナ禍の中で営業運行を開始したDMV。今後の展望はどうなのでしょうか。徳島県 南部総合県民局 地域創生防災部 係長の吉田雄一さんは「何かをすれば、絶対人が来るという特効薬はありません。しかし“世界初”のDMVという目玉を生かして、たくさんの人に来ていただけるよう、プロモーションにも力を入れています」と力強く語ってくれました。

DMVの発着地点となる「阿波海南文化村」は、かねてよりあった博物館や体験スペースのほか、土産や食事処を備えた三幸館を新設し、2021年9月にリニューアルオープンしました。

さらに運行ルート周辺には、観光で訪れる人のために撮影スポットも整備。さらに、沿線を観光してもらうため、DMVの駅や沿線にスマホ決済に対応したシェアサイクルも導入しました。

「新たなものを生み出すのは、なかなかむずかしいですが、今あるものをさらに磨いて、観光・飲食・宿泊など県南にとどまってもらう工夫が必要です」と、吉田さん。DMV関連のお土産の開発支援やプロモーションにも、注力しているそう。

DMVが運行されるコースは、うつくしい海やサンゴ、温泉などの観光資源が豊富な場所。DMVを観光資源として活用しながら、地域と連携して、観光客を呼び込む工夫が続けられています。

■阿佐海岸鉄道 https://asatetu.com

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