急速に増えるオミクロンの感染者。昨年のデルタを凌ぐ勢いで、国内の新規陽性者数は5日に10万人を超えました。皆さんの周りにも感染したという人や濃厚接触者になった人がいるのではないでしょうか。デルタの時は、感染と言ってもどこか他人事のように思っていた人もいるかもしれませんが、今回はいよいよ身近に新型コロナウイルス感染症が迫ってきたことは否めません。しかし、新型コロナウイルスやワクチンについての正確な情報を発信するプロジェクト「こびナビ」の木下喬弘医師は、「オミクロンから逃げきれる」と言います。なぜ「逃げきれる」のか、木下医師に聞きました。
オミクロンから逃げきれる
――去年のデルタの時は、病床がひっ迫しても、死亡者数が増えても、「新型コロナウイルス感染症って怖いな」と感じただけで、身近に感じた人は今より少なかったように思います。しかし、オミクロンに関しては、身近な人が感染したり、濃厚接触者になったりすると、「いよいよ近づいてきた。明日は我が身かもしれない」という恐怖感を感じます。
木下喬弘医師(以下、木下)「そうですね。オミクロンはめちゃくちゃ速く増えていますが、ウイルスの性質としてデルタに比べてものすごく感染しやすいというわけではなさそうです。このあたりが、私が『(オミクロンから)逃げきれる』という根拠です」
――しかし、2回目のワクチン接種を終えてから半年以上経っている人もいますよね。抗体が減っているのではないでしょうか。
木下「もともとオミクロンはワクチンの効きが悪いので、今の日本の環境下ではデルタより感染しやすいです。これに加えて、半年以上経過すると昨年接種したワクチンの効果が落ちてきますので、非常に広がりやすいのは事実です」
世代時間が短いと急速に感染者が増える
――そうなのですね。「オミクロンの性質」についてお話しいただけますか。
木下「まず、オミクロンの大きな特徴として世代時間が短いということが挙げられます。世代時間は、感染した人が次の人に感染させるまでの期間のことを言いますが、オミクロンの世代時間は2日くらいだと考えられていますが、デルタの世代時間は5日くらいです。ですから、デルタに比べて『世代時間が短い』ということが急速な感染拡大に大きく影響しています」
――世代時間が短いと、どのように感染者が増えていくのか具体的に教えてもらえますか。
木下「実効再生産数が2で、世代時間が5日の場合、10日間のうちに感染者は2×2で4倍にしかなりません。しかし、オミクロンのように世代時間が2日の場合、2日に一度2倍の割合で増えていくので32倍にもなるのです」
――世代時間が短いと感染者が一気に増えるのですね。では、収束していく時も一気に収束すると考えられますか。
木下「感染対策をしたり、集団の中で免疫を持つ人が増えたりすると、実効再生産数が落ちてきて、実効再生産数が1を切った瞬間から収束に向かいます。オミクロンの場合、世代時間が短いので、実効再生産数が0.5になると10日間で32分の1まで感染者が減ります。倍々で増えていくし、倍々で減っていくということです」
オミクロンはデルタに比べて伝播性が強い?
――オミクロンはデルタに比べて世代時間が短いから急速に感染者が増えたということですが、デルタに比べてものすごく伝播性が強いという話も聞きます。
木下「オミクロンの伝播性については、まだはっきりしたことは分かっていません。デルタの基本再生算数が5くらいと見積もられていて、デルタを下回ることはないでしょう。しかし、これは風疹やおたふく風邪と同じぐらいで、真の空気感染である麻疹(基本再生産数は12-18)よりは随分ましです。デルタの倍の速度で広まっているので、オミクロンの基本再生産数は10だというわけでもないんです」
――デルタに比べてものすごく強力な伝播性があるというわけでもないのですね。
木下「世代時間が短かったのでデルタに比べて一気に増えたように見えましたが、それは伝播性が上がったからではなく、単にインターバルが短くなって速く増えたように見えていたのではないかと考えられています。しかし、伝播性はそれほど高くなく、単に世代時間が短かっただけだと言い切れるわけでもありません。伝播性については研究が進められていますが、オミクロンの感染急拡大が世代時間の影響を大きく受けていることは間違いありません」
感染者数が急増して身近な人にも感染が広まると不安になりますが、世代時間が短縮したことは少なからず感染者の急増に影響を及ぼしたようです。また、伝播性がどのくらい強いのかまだはっきり分かっていませんが、デルタに比べて恐ろしく強いということもないようです。木下医師は、「過剰に恐れる必要はありませんが、オミクロンから『逃げきる』ために、マスクの着用や手洗いなど、基本的な感染対策を続けることが大切だ」と言います。
※基本再生産数 何も対策をしていない状態で1人の人から何人に感染が広がるかの指標
※実効再生産数 ワクチン接種や感染対策を行った状況で1人の人から何人に感染が広がるかの指標
<木下喬弘医師プロフィール>
2010年大阪大学卒。大阪の3次救急を担う医療機関で9年間の臨床経験を経て、2019年にフルブライト留学生としてハーバード公衆衛生大学院に入学。2020年度ハーバード公衆衛生大学院卒業賞"Gareth M. Green Award"を受賞。卒業後は米国で臨床研究に従事する傍ら、日本の公衆衛生の課題の1つであるHPVワクチンの接種率低下を克服する「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」や、新型コロナウイルスワクチンについて正確な情報を発信するプロジェクト「CoV-Navi(こびナビ)」を設立。公衆衛生やワクチン接種に関わる様々な啓発活動に取り組んでいる。著書に「みんなで知ろう! 新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話」。