満足そうにキノコをほおばるニホンリス。えっ、それ毒キノコのテングタケですよ。解毒のメカニズムは不明ですが、驚くべきことにリスはこうした毒キノコを食べて平気なようです。そういえば、人間もイヌにとって有害なタマネギやチョコレート、ブドウを口にしても平気です。生き物によって異なる毒。自然の不思議を伝える貴重な食事風景です。
長野県在住のアマチュア写真家五味孝一さんが撮影に成功した毒キノコを食べるリスの写真をもとに、神戸大学大学院理学研究科の末次健司准教授(進化生態学)が考察した論文「有毒なキノコを消費するリス」が、学術誌「Frontiers in Ecology and the Environment」にオンライン掲載されました。
人間では死亡例も
テングタケの毒性について、厚生労働省のサイトでは、「食後30分程で嘔吐、下痢、腹痛など胃腸消化器の中毒症状が現れる。そのほかに神経系の中毒症状、縮瞳、発汗、めまい、痙攣などで呼吸困難になる場合もあり、1日程度で回復するが古くは死亡例もある」と危険性を呼び掛けています。人間にとって有毒なキノコをリスが食することについては、海外の文献で記述はあるものの写真は見当たらず、今回のような克明な写真や詳細な観察ができた例は世界的に珍しいといいます。特に、同じリスが吐き戻すような行動もなく複数日にわたって食べにくる様子が確認できたことは、貴重な知見です。
五味さんは定年退職後、故郷の長野県茅野市に戻り、野生ニホンリスの撮影を始めて7年になります。年300日以上撮影し、多い日には1000枚以上を撮ります。論文中の3枚の写真は、いずれも八ヶ岳山麓で撮影したもので、ベニテングタケ(傘が赤)が2020年10月15日、コガネテングタケ(傘が黄)が2020年10月12日、テングタケ(傘が灰)が2016年10月7日です。
一般にキノコの毒は、食べられるのを防ぐためと考えられています。一方で、キノコを食べる動物は、糞として無傷の胞子を散布することがあります。末次准教授によると、今回の観察は、テングタケ属が散布に適した相手(リス)に食べ物(今回の場合はキノコ本体)を提供し、その代わりにリスに胞子を散布してもらっている可能性を示唆するもので、もしそうだとすると植物がおいしい果実をエサに動物に種子を運んでもらう関係と似ているといえそうです。五味さんと末次准教授に聞きました。
「リスが死んでしまう」と心配したことも
―リスのキノコ食は以前からご存じでしたか
五味さん「ニホンリスを撮り始めた年にドクベニタケ(毒キノコ)を食べるリスを見かけました。2年目に毒性が強いといわれるテングタケを食べるのを見た時には、死んでしまうのではと心配しましたが、翌日もまた次の日も元気に食べに来たので安心するとともに驚きました。かじられた毒キノコを目にすることはありましたが、まさかリスだったとは!という思いです」
―驚きです
五味さん「ニホンリスは、木の実以外にも毒キノコに限らずキノコが好きのようで、樹上や地上でキノコを見つけると足を止めて食べています。小さなキノコは、その場で食べますが、大きなキノコは同じ場所で数日(長いと1週間くらい)かけて食べたり、ちぎって樹上に運んで食べたりしています。最初からほかのリスに食べられないように、大きなまま樹上に隠すリスもいます。食べきれない分は樹上に貯食するようで、乾燥状態になったテングタケを冬に食べている姿も見たことがあります」
―毒への耐性について
末次准教授「観察では、春生まれの子リス(テングタケ自生地周辺には1匹しかいないから判別可能)は、間違いなく同一個体が6月29日、7月1、3、4、5日と4回もテングタケ(同一のテングタケではなく周辺の別テングタケも含む)を食べに来ていたそうです。人間換算にすると相当なダメージ、死んでもおかしくないような量を食べても無事ということですので、それなりの毒への耐性があると考えられます」
人間にない解毒能力を秘めている
―引き換えに胞子の運び屋に
末次准教授「胞子はとても細かいので、消化経由だけではなく、ふわふわした体表に付着して運ばれる可能性もあります。ただし、まだ本当にリスが胞子の運び手として活躍していることを証明するためには、糞の中に生存可能な胞子の存在をチェックするなどの継続研究が必要です」
―人間が持たない解毒能力がリスにあることも面白いです
「同じ哺乳類でこのような差異があるのは興味深いですね。だからこそリスはテングタケを食べ物として利用できるような適応を遂げている一方、テングタケ属もリスに胞子を散布してもらっているかもしれないという仮説を思いつきました。なおリスにとっても少しは毒があることは十分に考えられます。たくさん食べるとおなかを壊すならば、少しずつ食べるでしょう。そうすると、一カ所のみに胞子が糞として排泄されることなく、少量ずつ散布されるという可能性も考えられます」
―研究が進めば、人間も安全にテングタケを食べられそう…でしょうか
「人間とリスの中毒症状の違いが何によるのかは謎で、機会があれば追求したいです。でもベニテングタケを人間が安全に食べるようになるのは難しいと思います」
光合成をやめてしまった植物、花の咲かないラン、鳥に食べられても子孫を残す昆虫…。末次准教授はユニークな研究を相次いで発表していますが、在野の植物研究者や写真家とのネットワークが成果に結びついているといいます。「今回のリスのキノコ食は、以前五味さんがTwitterで紹介しています。すごく貴重な事例で多くの人に知ってもらえたらと、共同での論文化を提案させていただきました。研究者顔負けの観察をされている人は本当にすばらしいと尊敬しています」と話しています。
掲載された論文はこちら→https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/fee.2443