修験道の開祖もびっくりの秘境を抜ける国道309号 林道から編入された“酷道”部分は、もう今年は通れません

小嶋 あきら 小嶋 あきら

 三重県の熊野市から大阪市内まで、紀伊半島を袈裟懸けにするように横切っている国道309号。ほとんどの部分で改良が進んで快適な道路になっていますが、一部にまだ「酷道」と呼ばれるような狭隘で険しい部分が残されています。

永らく一部に林道区間を抱えていた国道

 国道309号は1970年、熊野市から大阪市を結ぶ国道として指定されました。当初は熊野市五郷町から下市町の区間は国道169号と重複だったとのことですが、1975年になぜか奈良県吉野郡上北山村天ヶ瀬から先が天川村経由のルートに変更されます。「なぜか」というのは、その時点で「上北山村と天川村の間には道が無かった」からです。なんでわざわざ未開通区間を抱え込むようなことをしたのか、ちょっと謎です。もしかすると、国道に指定することで天川村への道路の整備を進めたかったからなのかもしれないですね。

 筆者は1980年代の終わり頃から1990年代中頃にかけて何度かバイクで大阪側から天川村に行ったことがありますが、当時はまだ天川村の手前、新笠木トンネル、新川合トンネルの二つのトンネルが開通しておらず、かなり狭くて険しい峠道を抜けて辿り着いた記憶があります。そのせいもあってか、とにかく「秘境・天川村」という印象が強く心に残りました。

 さて、天川村から上北山村の区間ですが、国道のルート変更の翌年、1976年に行者還林道(ぎょうじゃがえりりんどう)が開通して、通り抜けることが出来るようになりました。ただしこの時点でこの道はあくまで「林道」で、その後、永らく国道309号には指定されませんでした。そのまま四半世紀以上その状態が続いて、2002年にようやく国道309号に編入されたのです。

 バイクでツーリングをする人だったらおそらく「ツーリングマップル関西」という地図帳を持っているか、少なくともご存知だろうと思いますが、これの前身というか、前に出版されていた「関西二輪車ツーリングマップ」という地図帳がありました。筆者も当時その地図帳を見ながら、この「行者還林道」という道路について、いろいろと想像を巡らせました。なんていうか、名前からして凄そうじゃないですか。行者でも諦めて帰ってくるほどの険しいところなのかな、とか、行方不明になった行者が命からがら帰還してきたのかな、とか、いろいろ想像を膨らませていました。

 実はこの道の名前は、行者還岳という山から来ているそうです。で、その行者還岳という山の名前の由来は、「あまりに険しいので役行者(えんのぎょうじゃ)が一旦引き返した」というところから、と言われています。

 役行者というと修験道の開祖で、そもそもこの紀伊半島の霊場はその人が開いたようなものです。人類で初めて富士山に登頂したとか、呪術が使えたとか、いろんな伝承のあるまさに人知を超えた超人ですが、そんな方が「こらあかんわ」と思うほど険しい山、ということです。この林道はそういう人外魔境を抜けているんですね。

全体に改良が進むも、この区間はあの頃のまま

 現在、大阪から天川村までの国道309号はしっかりセンターラインのある快適な道です。かつて狭隘路だった黒滝茶屋から先の峠も、いまはほぼ直線の長いトンネルで一気に抜けられて、ほんと天川村は近くなりました。

 川合の交差点から先、ちょっとあのコンビニによく似た感じの商店の横を抜けると、いきなり道幅が狭くなります。旧林道区間は、初っぱなから行き違いの出来ない酷道の様相です。それでもしばらくは川に沿って、道幅は狭いもののあまりアップダウンはありません。しかし秘境の雰囲気は濃くて、道路の端々に絶景があります。

 やがて道は上りにかかって、一気に高度を稼いでいきます。木々の間を抜けて走っていたのが、徐々に周囲は低木になって視界が開けてきます。進行方向奥に紀伊半島最高峰の八経ヶ岳が見えると、まもなくヘアピンカーブで回り込んで、その先に登山者向けの有料駐車場があって、非常に雰囲気のある行者還トンネルをくぐります。一人で夜中に通れと言われたら絶対に嫌な感じのトンネルです。

 トンネルを出ると後は深い深い山を縫うように延々と下りの細道が続きます。紀伊半島の山深さは、なんとなく九州の内陸部のようです。ひたすらくねくねと下って下って、いい加減もう飽きた、というのを何回か繰り返した頃に国道169号と合流します。

 ひさしぶりの快適な二車線道路で、仙境から一気に人間の世界に戻ったような気分になります。この感じがまた、なかなかいいんですよね……。

   ◇   ◇ 

 天川村から国道169号までの間は、冬期通行止めになります。2021年は12月10日に閉鎖されたようです。再び通れるのはおそらく4月。山が一気に活気づく、いい時候の頃です。機会があれば、一度訪れてみてください。ただし運転はくれぐれも慎重に。

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