工務店が運営するDIYスペース『TCCO CRAFT(トコクラフト)』(大阪市東淀川区)で2代目店長を務めるのはオス猫のぽん太くん。とても人懐っこく甘えん坊で、スタッフ手作りのケージの扉を開けると「なでて~」と体を寄せてきて、お腹だって見せちゃいます。初対面の人にもそうなので、ぽん太くんはお客様に大人気です。
「3時間枠でDIYをしに来られたお客様が、作業を2時間50分で終わらせて残り10分はぽん太と遊んで帰られたり、1時間枠で作業10分、猫と遊ぶの50分、なんて方もいらっしゃいます(笑)。インスタグラムも猫たちのことを投稿するとフォロワーが増えるのに、お店のことを投稿しても増えないんですよね(苦笑)」
そんな悩みを打ち明けてくれたのは、主に猫たちのお世話をしているスタッフの麻田綾子さん。“猫たち”と言っているのは、トコクラフトにはもう1匹、墨ちゃんというオス猫もいるからです。2匹はともに保護猫。猫の殺処分ゼロを目指し活動を続ける『ネコリパブリック』代表とトコクラフトの社長が知り合いだったことから、猫とは無縁のお店で人馴れ修業のための預かりをすることになったのです。
元野良猫の人馴れは簡単ではありません。特にぽん太くんは「“怒り”だけを持ってここにやって来た」(麻田さん)というほど手ごわい猫でした。何しろ、野良猫時代は「ヤサグレくん」という物騒な名前で呼ばれるような猫だったのですから。
いじめっ子だった「ヤサグレくん」
避妊去勢手術を終え「さくらねこ」になった野良猫が複数いる大阪市内のとあるエリアで、ヤサグレくんは暮らしていました。餌場にヤサグレくんが現れると、ほかの猫たちは怖がって近づかなかったそうです。眼光が鋭く、ほかの猫をいじめることもあったからでしょう。
「さくらねこ」とは不妊手術を受けた印としてオスは右耳、メスは左耳の先を桜の花びらの形にカットした野良猫のことですが、ヤサグレくんは昨年夏の時点でまださくらねこになっていませんでした。警戒心がめっぽう強く、捕獲器に入ってくれなかったのです。
ネコリパブリックの依頼を受け捕獲に向かったのは、『ねこから目線。』代表の小池英梨子さん。野良猫・保護猫専門のお手伝い屋さんで、野良猫の捕獲、病院への搬送、脱走猫の捜索、里親探しなど、猫にメリットがあることなら何でもお手伝いしてくれます。
小池さんは警戒心が強い子向けの捕獲器を設置して待ちましたが、初日は失敗。4日後にリベンジし、今度は成功しました。さすがはプロ。捕獲器の設置場所や扉を閉めるタイミングが絶妙だったのでしょう。ヤサグレくんは動物病院で去勢手術とケアを受け、トコクラフトに預けられました。
いつしか警戒心ゼロの甘えん坊に
名前がぽん太になったからといってすぐに穏やかになるはずもなく、最初は“寄るな、触るな”オーラを出しまくり、“シャー”を連発していたそうです。でも毎日、「かわいいね〜」「いい子だね〜」「大好きだよ〜」と声を掛け続けていると、徐々に変化が見え始めました。まず限られたスタッフになら触らせてくれるようになり、それがオヤツなしでも可能になり、数カ月後には苦手だった男性スタッフにも身をゆだねるようになりました。そして今では、初対面の人にもお腹を見せるほど警戒心ゼロの甘々猫になったのです。
「ネコリパブリックさんから『ただひたすら愛情を与えてあげて』と言われてその通りにしていたら、信じられないくらいの甘えん坊になりました。動物は素直ですよね。愛情を注げばちゃんと応えてくれます」(麻田さん)
工場長が“ずっとの家族”に
当初は1カ月の予定で預かりを始めたトコクラフトですが、ぽん太くんのことがかわいくてたまらなくなり、“ずっとの家族”が見つかるまでと期間を延長しました。そして来月、晴れて卒業することに! ぽん太くんを家族に迎えてくれるのは、トコクラフトを運営する工務店の工場長。男性が苦手だったぽん太くんが初めて心を許し、いつしか一番のお気に入りになった人物だと言います。
「工場長が来ると触ってくれるまでずっと鳴いています。ぽん太はオスなのに、まるで恋をしているかのよう。工場長はぽん太を飼うために引っ越しまでしたんですよ! 新居は日当たり、眺望ともに抜群で、ぽん太には最高のお部屋です」(麻田さん)
長年、野良猫として暮らしていたぽん太くん。当時は生きるのに必死だったのでしょう、ほかの猫をいじめたり、追い払ったり。「ヤサグレくん」なんていうありがたくない名前まで頂戴していました。でも、安心できる居場所を見つけてからは、ゴロゴロにゃんにゃんの甘えん坊に。きっと、ずっとこうしたかったんだよね。