かつては「水の都」とも呼ばれ、市街地を多くの川が流れる大阪。大阪湾にほど近いベイエリアでは、古くから川の各所に無料の「渡船」が設けられ、日常的な市民の足として親しまれている。渡船をめぐり歩くと、ローカル色あふれる大阪の景色が見えてくる。「リトル沖縄」と呼ばれる情緒のある街並みに、大阪で2番目に高い人工の山ができた理由…。ちょっとした船旅気分を味わいながら、水都・大阪ならではの暮らしを訪ねてみよう。
橋が架けづらい川では、今も渡船が重要な交通インフラ
渡船が運行されているのは、大阪市西部にある港区・大正区のエリア。最盛期には31カ所あったが、道路整備が進むにつれて減少し、今残るのは8航路。渡船は大阪市が管理・運営するれっきとした交通インフラで、人と自転車に限り誰でも無料で乗船できる。運行間隔は時間帯によって異なるが、10~30分ごとに1往復している。
渡船が運行されているのは、貨物船や遊覧船など比較的大型の船が行き来する「橋を架けづらい川」だ。架ける場合は船の邪魔をしないよう橋脚を高くする必要があり、人や自転車が渡るには不便だからだ。
新しい橋ができたけれども、便利で楽な方は…千歳渡船場
渡るのが大変な橋のかわりに、よく使われている渡船…として思い浮かぶのが千歳渡船場。尻無川から大正内港への入り口付近にあたる大正区鶴町3丁目と北恩加島2丁目の間を結ぶ航路で、2020(令和2)年度の1日平均利用者数は489人だ。
8航路のうち最も長い航路は港区と此花区を結ぶ天保山渡船場の400mだが、大正区内に限れば、千歳渡船場が最も長い371mとなっている。
大正区を上空から見ると、内陸に深くえぐれたエリアがある。これが「大正内港」で、もともとは陸地で市電が走っている場所だった。だが、このあたりは海抜ゼロメートル地帯で、台風のたびに冠水する被害に悩まされていた。戦後になり、復興計画の一環として、河川の拡幅と内港化が決まった。内港を建設するために掘り起こした土砂を利用して、区を全体的に盛土するという大胆な計画もあった。そのため、旧千歳橋が昭和32年に撤去され、代わりに設けられたのが千歳渡船場である。
新しい千歳橋が2003(平成15)年に完成したが、渡船は残された。その理由は…現在の千歳橋を見れば一目瞭然。橋脚の高さが28mあり、健康な人でも躊躇するような長い階段を上らないといけない。橋の上までたどり着いたら、こんどは川幅の距離を徒歩で渡るのだ。そんな思いまでして渡るより、やはり渡船のほうが「便利で楽」ということだろう。
それでも取材中には、徒歩や自転車で渡る人をチラホラ見かけた。上ってみると見晴らしはよく、天気が良ければ大正内港が一望でき、遠くはあべのハルカスまで見通せる。
大阪で“2番目に高い”人工の山「昭和山」……落合上渡船場
大正区の東側に移動すると、落合上(おちあいかみ)渡船場がある。大正区千島1丁目と西成区北津守4丁目の間、100mを結んでいる。北津守側に高層住宅が立ち並んでいるからだろうか、利用者には主婦や学生の姿が多く見える。2020(令和2)年度の1日平均利用者数は439人である。
乗り場から上流のほうへ目をやると、木津川水門がそびえている。防潮のために設けられたもので、近畿地方が甚大な被害を受けた2018年の台風21号が上陸した折には閉鎖されて、大阪の街を高潮から守った。
千島側で船を降り、道なりに10分ほど歩くと、広いオープンスペースに店舗が立ち並ぶ千島ガーデンモールというショッピングモールがある。ここを訪れたら、片隅の通路に展示されている2枚のパネルを見てほしい。いずれも大正区の航空写真で、1枚は終戦から2年後の1947年、もう1枚は2003年と表示されている。大正内港が建設される前と現代の対比が興味深い。
千島ガーデンモールから道路を渡ってすぐ、千島公園には「昭和山」という山がある。大正内港を建設した際、掘削した土砂を積み上げてできた標高33mの人工の山だ。人工の山では大阪で2番目の高さだという。いちばん高いのは鶴見緑地にある鶴見新山で、標高39mといわれている。
乗り場にたたずむフクロウの重要な任務は野鳥よけ……落合下渡船場
落合上渡船場から南へ約1kmの場所に設けられているのが、大正区平尾1丁目と西成区津守2丁目の間138mを結ぶ落合下(おちあいしも)渡船場だ。2020(令和2)年度の1日平均利用者数は355人。
乗り場の一角にあるポールに、よくできたフクロウの置物がある。同じものが落合上渡船場にもあったので、ちょっと気になっていた。船頭さんに尋ねたら、野鳥よけとのこと。サギをはじめ野鳥がやってくると、場所を選ばず糞を落としていく。それを防止するためだそうだ。
「めっちゃ効果ありますわ。鳥がいっさい寄ってきません」
ちなみに落合上渡船場と落合下渡船場の運行は、市の経費節減のため、3年ごとに入札で決めた業者に委託されている。
平尾側の乗り場から南西方向へ10分ほど歩くと、平尾本通商店街(サンクス平尾)がある。この界隈は「リトル沖縄」と呼ばれるほど、沖縄テイストが濃い街だ。大阪には沖縄から移り住んできた人が多く、大正区では区の人口の25%程度の人が沖縄にルーツをもっているという。そのため、沖縄の食材が手に入りやすい商店街としても有名だ。
商店街の入り口近くにある沖縄料理店で、変わったものを見つけた。2体のシーサーのうち1体にマスクをかけてある。コロナ封じのおまじないかと思って、店のおかみさんに尋ねてみた。
「口の中にハチが巣つくったから、マスクかけてんねん」
2体のシーサーは、神社の狛犬みたいに口が阿吽(あうん)の形になっていて、開いているほうの口にハチが巣をつくったらしい。ハチが飛び回らないように、マスクで封じ込めているのだった。
最後に余談ながら、取材に訪れた日は時季が早かったせいで見られなかったが、木津川では毎年10月下旬から翌年4月下旬にかけて、数百羽のユリカモメを見ることができるという。ユリカモメは冬の渡り鳥で、標識調査により、主にカムチャッカ半島から渡ってくることが分かっている。
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【アクセス】
▽千歳渡船場
・北恩加島側/大阪市大正区北恩加島2丁目5‐25
大阪メトロ「大正駅」から、大阪シティバス87系統(鶴町四丁目行き)または98系統(大正区役所前行き)「新千歳」下車、南西へ徒歩約10分
・鶴町側/大阪市大正区鶴町4丁目1‐69
大阪メトロ「大正駅」から大阪シティバス(鶴町四丁目行き)「鶴町四丁目」下車、北東へ徒歩約5分
▽落合上渡船場
・千島側/大阪市大正区千島1丁目29‐41
大阪メトロ「大正駅」から大阪シティバス94系統(鶴町四丁目行き)「千島公園前」下車、東へ徒歩約5分
・北津守側/大阪市西成区北津守4丁目15‐1
南海汐見橋線「津守駅」下車、北西へ徒歩約9分
▽落合下渡船場
・平尾側/大阪市大正区平尾1丁目1‐26
大阪メトロ「大正駅」から大阪シティバス94系統(鶴町四丁目行き)「小林公園前」下車、東へ徒歩約3分
・津守側/大阪市西成区津守2丁目8‐21
大阪メトロ「なんば駅」から大阪シティバス29系統(住之江公園行き)「津守神社前」下車、北西へ徒歩約8分
※アクセスの情報は大阪市ホームページより