「今日は落ち着いていますね」なんて、絶対に言わないで! 看護師たちには“恐怖”の言葉

松井 英子 松井 英子

「今日は落ち着いていますね」。…何気ないこの一言、実は勤務中の看護師たちの間では「禁句」です。不思議とこの言葉を発したあとには、たいてい落ち着かないことが次々と起きます。なぜなのかは科学的に解明されていません。しかし、このワードが出たあとには不思議と高確率で忙しくなります。看護師16年目の筆者の経験をお伝えしますね。

私は病棟で働く看護師で、職場は緊急の患者さんも受け入れます。外来で入院の必要があると診断されると、病棟の看護師は入院ベッドの準備や入院の手続きの説明などを行い、医師の指示で行う検査や点滴などさまざまな対応に追われます。つまり、緊急の入院があると病棟はバタバタと忙しくなるのです。

病棟には入院されている患者さんがおられ、日常の業務だけでも手一杯な毎日。しかし、その日は珍しく病棟全体が落ち着いていました。どの患者さんの状態も安定していたので追加の指示や検査もなく穏やかでした。

事件は昼に起きました。

「いつもはバタバタで大変なのに、今日は落ち着いていますね」

休憩室で看護師2年目のTさんが笑顔で魔の言葉を発しました。

…その瞬間、固まる先輩看護師たち。

「Tさん、その言葉は禁句なのよ。その言葉が出ると誰がどこから聞いたのか忙しくなるわよ」

険しい表情の私が彼女に伝えます。

「えー?今日は大丈夫ですよ!先輩、迷信ですよ!」

明るい彼女の笑顔はこのあと消えるのでした。

   ◇   ◇

16時ごろ、病棟の電話が鳴りました。外来からです。

「86歳の女性、肺炎で入院になります」

日勤業務のラストスパート中に決まる緊急入院。病棟に伝わると手の空いてるスタッフと担当は準備に追われます。今日の入院担当はTさんでした。

「1人ぐらいの入院なら勤務時間内に終わるわ」といつも通り入院の準備に取り掛かっていると、また電話が。

「90歳の男性、腸閉塞の疑いで入院になります」

この時すでに16時30分。定時で帰れるかは微妙なラインです。

そして追い討ちをかけるように再び外来から電話が入りました。

「82歳の女性、腰椎の圧迫骨折で入院になります」

1時間で3人の緊急入院が決定。半泣きのTさん。手伝ってもらってもすぐに終わる仕事量ではありません。

魔の言葉がきっかけなのかは定かではありません。しかし、穏やかな病棟が一変し、バタバタと忙しくなったのは事実です。

それ以降、Tさんが「あの言葉」を勤務中に言うことはなくなりました。

   ◇   ◇

私自身も1年目で「あの言葉」の重みを体感したことがある1人です。

とある夜勤の日のこと。

患者さんへ夕食の提供を行い、検温をして、残すは消灯と看護記録、定時の見回り。その日はスムーズに業務が進み、穏やかでした。

何も考えず私は言ってしまったのです。

「あとは消灯ですね。今日は落ち着いててよかったですね」と。

先輩看護師は「あんた何言ってんのよ」と言わんばかりの表情。看護師の間では禁句だと先輩から教えてもらったのでした。

言ってしまったことに後悔しながらも、まさかそんなはずはないと思い、仕事をすすめます。

消灯後の見回りである部屋に入ると異変を感じました。

Nさんのベッドの下がなぜか濡れています。床にバルンカテーテルというおしっこの管が風船が膨らんだまま床に落ちていました。どうやら自分で引き抜いてしまったようです。少し出血しています。

しばしば高齢の患者さんは入院の環境に慣れることができず、混乱しているいわゆる「せん妄」の状態になりやすいです。Nさんは高齢のためせん妄になるリスクが高いと考えられている方でした。

状態を観察し、緊急性もないためそのまま様子を見ることに。床も掃除し退室しました。

見回りも最後の部屋に。24時間続けて点滴をしている高齢のIさんです。

…あれ?ベッドに血が。

よく見ると点滴が抜けて出血したようです。Iさんに声をかけると寝ぼけていたのかもとご自身もびっくり。

急いで止血し、血で濡れてしまった服とシーツの交換に点滴の取り直しも…と、動き出すと、先輩が来てくれました。見回りに行ってなかなか戻ってこない私を心配していたそうです。これまでの出来事を説明すると「ほら、あの言葉いうと忙しくなるでしょう?」と笑って手伝ってくれたのでした。

   ◇   ◇

実はこの看護師あるあるは日本だけの話ではありません。オーストラリアで働く看護師仲間も同じことが言い伝えられていると教えてくれました。もしかしたら世界共通かもしれませんね。

因果関係はわかりませんが、多くの看護師にとって恐怖のワード。患者さんのためにも看護師はこの言葉をそっと胸の中にしまっています。

   ◇   ◇

◆松井英子(まつい・えいこ)看護師ライター。大阪出身、群馬在住。看護師16年目。

27歳の時にスノーボードでスポンサーを獲得し11年プロ活動を行う。アスリート、転職、移住などさまざまな経験から「自分らしく生きること」をブログやSNSで発信。「看護師が笑顔なら患者も病院も社会も元気になる」という思いでオンラインサロン「ナースライフバランス」の運営に関わる。

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