動物愛護団体は色々。山口県に住むKさんは、ある種厳しい愛護団体に当たった一人。白サバトラの女の子の猫を譲ってもらった次の日から毎日、愛護団体から連絡があったのだそう。それも30分から1時間話し込む電話です。
それが約1カ月続きほとほと参りかけていたころ、道端でバッタリその愛護団体の一人に出くわしました。その時、ようやく毎日の電話の理由が分かったのです。
それは、「あの子をこちらに返さないでほしい」というもの。今まで何度もトライアル期間中に戻されてきた子なのだそう。Kさんには戻される理由に心当たりがありました。それは、全然姿を見せてくれないということです。
本は押し入れの中。Kさんが仕事に行っている最中にご飯やトイレを済ませているよう。もちろん触れることすらできません。せっかく楽しみにしていた猫との暮らしなのに、Kさんは少し残念に思っていました。それでも、その子の性格だと受け入れていたのです。
「最初からそう言ってくれたら良いのに」
Kさんは返すつもりなんて一切ありません。一度家に来たのであれば、うちの子だと思って接しています。それを愛護団体の方に伝えると、次の日からパタリと電話がなくなったのだそう。
愛護団体からの連絡がなくなり、心情的に本物のうちの子になったKさんの家の猫さん。名前を付けてあげたいのですが、どの名前に反応するか全く分かりません。何度も返されているということは、いくつも名前があるはずです。近い名前にしてあげたい。
そんな日々が7カ月も続いたある日、猫さんが珍しく押し入れの外に出てきていました。その時、花が生けられた花瓶を倒してしまったのです。とっさにKさんは、「花が!」と大きな声を出してしまいました。その「花」に猫さんが反応して振り向いてくれたではありませんか。
「あなたの名前は”花”だったのね」
その後、Kさんは猫さんを「花ちゃん」と呼ぶようになり、その頃から花ちゃんは押し入れからドレッサーの隣のKさんお手製の天蓋付きベッドでくつろぐようにもなってくれました。そんなたいそうな天蓋ではありませんが、花ちゃんが隠れられるように布を垂らしたのです。それでもお姫様気分は味わえます。
天蓋付きベッドで過ごすようになってからは、Kさんが動かないと分かっている時、座ってテレビを見ている時や寝ころんでいる時は、そばで過ごしてくれるようにもなりました。
花ちゃんがKさんの家の子になって1年後、妹分のマリアちゃんが家族に加わってからは、マリアちゃんの真似をしてKさんに甘えることも。Kさんが帰宅すると、壁から半分だけ顔を出して静かに目を閉じてくれたのだそう。それは猫の「好き」のサイン。毎日、花ちゃんはKさんに「好き」を送り続けました。
そんな生活が13年間。花ちゃん14歳の時、突然ご飯を食べられなくなったのです。急いで動物病院に駆け込むのですが、獣医師から告げられたのは老衰。お金と時間をかけて検査や手術をしても、何年ももたない。延命した分、苦しむのは花ちゃん自身だと。
Kさんは迷います。長生きをしてもらいたいものの、苦しんでまで生きてもらうのは…。そんなKさんの様子を、花ちゃんは見ていたのでしょう。病院に行った3日後、静かに息を引き取りました。Kさんが作ってくれた天蓋付きベッドの上で、いつも通りの寝顔だったそうです。
Kさんは深い悲しみに襲われたものの、心のどこかではホッとしたといいます。花ちゃんを苦しませずに済んだ。それでも、出来たことはたくさんあったのではないかと、虹の橋に旅立って3年経ちますが、今も考えます。
そしてもう1つ考えることは、花ちゃんとの出会いのこと。全然顔を見せてくれない猫だったからこそ、初めての猫との暮らしも逆に戸惑わずに済んだのかも知れない。
今も猫と暮らすKさんは、猫がいない人生は考えられません。一人暮らしである彼女の人生に「花」を咲かせてくれたのは、他ならない花ちゃんでした。
有難う、花ちゃん。虹の橋のたもとにも、天蓋付きベッドはあるかな。Kさんがそっちに行ったら、また天蓋付きベッドを作ってもらおうね。それまで待っていてね。