一匹狼的なイメージが強い個人タクシーのドライバー。誰にも縛られない自由な働き方ができ、収入も悪くはないようだ。東京で営業するオヤジさん(52歳)に聞いた。
個人タクシーを開業するまでのハードルは低くない
東京都で個人タクシーを営むオヤジさんは、某焼き肉屋レストランのスーパーバイザー(SV)からタクシードライバーへ転職した。Twitterのフォロワーからは「オヤジタクシー」と呼ばれて、親しまれている。
「SV時代に、夜勤のアルバイトに来ていたタクシードライバーから『タクシーは儲かるよ』と勧められて、初めは断ったんですが、タクシー会社の面接日を勝手に決めてきてしまって…。彼の顔を立てるつもりで、面接は受けました。2種免許に合格したら転職、合格しなかったら今の仕事を続けることにして、免許試験に挑んだら一発合格しました」
タクシー会社に入社すると、所定の試験と研修を経てドライバーになる。
「たとえば私のように東京23区、武蔵野市、三鷹市で運転手になるためには、財団法人東京タクシーセンターが行う地理試験を受けて合格し、会社で定める社内研修を履修した後、東京タクシーセンターに乗務員登録するという流れになります」
地理試験というのは、主要幹線道路の交差点の名称や乗車地点から降車地点までの最適なコース選びなどが試される。
そして個人タクシーをやるためには、タクシー会社で10年間の乗務経験が要る。
「原則として1社で10年以上の経験を積むのが望ましいです」
また、あらためて試験を受けなければならない。法令試験のほか、より難易度が高くなる地理試験があり、オヤジさんが申請した営業区域でいえば「東京23区内の病院や図書館など主要施設の最寄り駅、ある場所からから別の場所まで行くのに最適な高速道路の入口名など、約5000カ所のポイントを丸暗記しないと合格できない」レベルなのだそうだ。なお、5年連続無事故・無違反だった場合など、地理試験が免除されるケースもある。
そのほか、個人タクシーを申請する当日の年齢が65歳未満であること、開業にあたり200万円ていどの自己資金があること、過去2年間禁固刑や懲役刑を受けていないこと、賃貸でも持家でもいいから住宅と駐車場があることなどの条件もある。
また、タクシーには、一般車と異なる規制もある。
「毎日の運行前点検をチェックシートに記入し、最低1年間の保存義務があります。定期整備記録証と車検終了後の車検証を、自分が所属する組合に提出する必要もあります。車外内を毎日清掃することも決められていますし、大きい事故が発生した場合は運輸局から監査が入ります」
ときには他人の人生に影響を与えることも
個人タクシーのことを正式には「一般乗用旅客自動車運送事業」という。個人事業なので、時間は自分で決められる。オヤジさんの始業時間(出庫)は午後5時だ。
「就労時間は最大10時間を意識して、午前3時に帰庫するパターンが自分にはベストです。いつでも休めますが、休めば収入はゼロ円です。事故に巻き込まれて車が壊れたら、なおるまで仕事ができないリスクはあります。ただ、お客様のメリットとして、個人タクシーは運転手が変わらないから細かいニーズに対応できます」
オヤジさんには以前、こんなエピソードがある。某ホテルで、客待ちをしていたときのことだった。
「わざわざ私の車を選んで、ドアをコンコンとノックしてきたお客様がおられました。左後ろのドアを開けて受け入れたら、私の顔を見るなり満面の笑みで『やっぱり、あのときの運転手さんだ!』と」
そのお客さんは以前乗車したときに、オヤジさんに自分の悩みを聞いてもらったのだという。「あのとき乗せていただいたおかげで転職して、また頑張れるようになりました。もしかしたらあのときの運転手さんだと思って、勇気を出してノックしてみました」とのこと。
オヤジさんはいう。「このような出会いは私の心を明るくしてくれる、とてもとても大切なお客様です。ドライバー冥利につきます。しっかり連絡先を交換して、いまは機会があるとご乗車していただいております」
しかし、一方で困った客もいる。
「泥酔されているお客さんです。眠り込んでしまって起きないし、起こしたらキレる。心の中では『勘弁しろよ!』って思いますね」
個人タクシーの収入ってどれくらい?
コロナ前のオヤジさんは、1日にだいたい10組12~15人のお客さんを乗せて、200kmくらい走っていたという。
「売り上げが月平均100万円弱で、年商は1千万を超えるときもありました。約4割が経費で、残りが純利益になります」
タクシー車輛にはリースもあるが、オヤジさんは特別仕様の車を買い取った。500万円ともいわれる車輛を維持するには、3カ月ごとの定期検査、年1回の車検、オイル交換代、タイヤ代、燃料代、メーター検査などをあわせて年間80万~100万円。車のローンと金利も加わるので、トータル200万くらいはかかってしまうそうだ。
深夜に働いて、奥さんと娘さん4人、お孫さん3人、犬1匹の同居生活で「多くもなく、少なくもなくといったところでしょうか」とのこと。
「私は良い時期に個人タクシーになれたから、業界では恵まれているほうだと思います。コロナの影響で食べていけず、廃業するドライバーが多いです。その中でも私は自由に働き自由に休んでいます。これだけでも、とてもありがたいことです」
コロナ禍の今だからこそ、それに合わせて無理なく働いているというオヤジさん。
「自由に働くことを目的にしているので、私にはちょうどいい感じです」
刑事ドラマでおなじみ「あの車を追ってくれ!」は本当にある?
「結論からいいますと、ありますよ」
だが、派手なカーチェイスは、あくまでドラマ上の演出だそうだ。
「実際はとても地味ですよ。私は法令順守で、お客様(刑事?)の指示通りに車を走らせるだけです」
たとえば…「車線を変えてください」「はい!」「もう少し左に寄ってください」「はい!」「間にもう1台、車を入れてください」「はい!」…こんな感じらしい。
では、有名人を乗せたことは?
「守秘義務で具体的にお答えはできませんが、学生時代に夢中になっていたロックバンドのリーダーをお乗せしたときは、感激と緊張から手汗をいっぱいかきました(笑)」
ほかにも何人か有名人を乗せてみて、ひとつ気づいたことがあるという。
「第一線で長く一流で活躍している人は、どんなときでも礼儀正しい人が多いです」
Twitterで予約できる独自のアイデアで固定客を確保
「まだ、どのタクシーにも真似されていませんよ」
Twitterからの予約は全体の2割ほどらしいが、貸し切りの客が多いため単価がいいそうだ。
「個別にオーダーできる強みがあるので、まだまだ伸びると思います」
最後に、タクシーはこれからどうなっていくのか、オヤジさんの展望を語ってもらった。
「コロナの影響で法人タクシーのドライバーが生活できず、減っています。ということは、個人タクシーも減ります。一方で、AIによる自動運転とUber Taxiが伸びてくるでしょう。どれを選ぶかはお客様ですから、私が選ばれる運転手になればよいだけです。それぞれの特徴を活かして、共存共栄していけばよいのではないかと考えています」
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