ええっ!矢場とんが、球場看板直撃弾でバッターに1億円の太っ腹企画 その背景にあった親子愛とは

山本 智行 山本 智行
矢場とんファミリー、後方にはぶーちゃんの描かれた看板
矢場とんファミリー、後方にはぶーちゃんの描かれた看板

 1947年創業、名古屋名物みそかつの老舗「矢場とん」(名古屋市中区)が太っ腹な懸賞を始めた。地元バンテリンドームナゴヤのセンター後方に設置した矢場とんの看板にボールを当てた選手に何と1億円を進呈。さらに、その試合の観戦者全員に「わらじとんかつ定食」をふるまう。期間は2022年3月31日まで。実は、その舞台裏では親子のドラマがあった。

 「矢場とん」は地元の名古屋を中心に東京、大阪、さらには韓国、台湾など現在26店舗を展開している。人気の秘密は何と言っても1年以上熟成させた甘みのある秘伝のみそだれ。これを柔らかいトンカツにかけて食べるわけだが、仕入れ先や素材にこだわり続けたことでいまや、名古屋メシの代表格にまでなった。

 本店があるのは名古屋地下鉄・矢場町駅近く。わたしが立ち寄った日も相変わらずの大盛況で、大将の鈴木孝幸さん(73)は「ありがたいことに全国各地から来店してくれますが、地元のリピーターが多いんだわ」と目を細めた。

 そんな矢場とんがこの度、バンテリンドームナゴヤにキャラクターのぶーちゃんが描かれた看板を出し、大きな話題になっている。何しろ、矢場とんの看板にボールを当てた選手に1億円を進呈。さらに、その目撃者となった観客全員には当日の入場券を提示すれば、人気メニューの「わらじとんかつ定食」を提供するというのだ。何という太っ腹。

 とはいえ、看板までの飛距離は推定180メートル。国内のプロ野球での最長不倒弾はウソかホントか、2005年6月3日、西武のカブレラが横浜・三浦大輔から放った180メートル弾と言われており、直撃の可能性は相当低そう。鈴木さんは「どうせ当たりっこないんだからということだろうけど、夢があっておもしろい」と笑う。

 センターバックスクリーンの看板広告料は目立つことから相場では5000万円前後だとか。今回の看板設置は自社のPRは当然のこととして、切っても切り離せない中日ドラゴンズへの感謝、そしてもうひとつの深い理由があった。鈴木さんが舞台裏を教えてくれた。

 「巨人戦(3月30日)の試合前にドームに来てほしいというから何だぁと思って訪ねてみると…。家内(純子さん)も、オレも、何も知らされてなかったから看板見て、思わず腰を抜かしそうになりましたよ」

 実は二代目の孝幸さんは3月末をもって会長職を勇退した。今回の看板は3代目の長男・鈴木拓将さんたちから感謝と慰労を込めた粋なサプライズプレゼントだったのだ。しかも、センター後方に設置したのがミソ。孝幸さんが言う。

 「中日球場(のちにナゴヤ球場)に頼まれて串カツ店をやり始めたのが25歳のとき、場所はセンターの裏側だったんだわ。それで、(センター後方に)ということみたい。あの当時は、まだ球場はガラガラで選手や裏方さんとも仲良くなり、弁当や串カツを配ったもんです。そこから芸能界や角界とも交流が広がって。そうそう、もっと若いころはスコアボード係のアルバイトもしてたんだわ。それだけに、今回のあの看板を見たときはジーンと来ました」

 そんな鈴木さんに、これからを聞くと「ご隠居です」と笑い飛ばしながらも「身上のGNO(義理、人情、恩返し)を大切にしていく」と話す。楽しみにしているのは、矢場とんが母体となって2015年から活動している硬式野球クラブ「矢場とんブースターズ」のこと。昨年はふるわなかったが、今年3月には第45回全日本クラブ野球選手権大会一次予選を2試合タイブレークの末に3戦全勝で突破。この4月17日(18日予備日)には所沢行きの東海地区代表切符を賭け、岐阜硬式野球倶楽部(岡崎球場)と対戦する。

 ブースターズの選手は全員が大卒で矢場とんの社員。ふだんはキッチン、ホール、店舗で働きながら津島球場やドラゴンズの室内施設などで練習している。今年からは秦広明さんが初の生え抜き監督として就任。元ドラゴンズの片貝義明さん、高橋三千丈さんがコーチとして脇を固める布陣だ。

 「もともとは、もう少し野球を続けたいという選手の受け皿になれば、と思って始めたもの。なかには店長になっている人もいるから一番忙しい日曜日に店長不在で困るときもありますが、そこはみんなでカバーしていますよ。生え抜きが監督になるのがひとつの理想だった。今年のチームはちょっと楽しみ」

 さらに力を入れるのが「子ども食堂」とカンボジアに設立した5つの「矢場とん小学校」の運営だ。「どちらもコロナに影響されて何かと難しい面もありますが、子ども食堂は活動を再開できた。宿題をして食事。ひとりっ子が多いので、みんなで楽しく食べるのがいい。細かいことは言いません。あいさつだけ。カンボジアではうちの選手を連れて行って、子どもたちに野球を教えたい。少しでも子どもたちの役に立てれば、と思う」と鈴木さん。どうやら、ご隠居にはなれそうにないようだ。

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