犯罪は時代を、法廷は社会を映す鏡である。こんな意味の文章を見た覚えがあります。ネットに縁遠そうな法廷で、検察官の口から漏れた「ww」。目撃したフリーライターの高橋ユキさんに聞きました。
高橋さんは裁判傍聴を中心に事件記事を執筆し、著書に「つけびの村」(晶文社)、「暴走老人・犯罪劇場」(洋泉社)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)などがあります。アカウント(@tk84yuki)が話題になったのは2月下旬。「ww」に触れた投稿が呼び水でした。
言うまでもありませんが、「w」は笑いを指すネットスラング。2ちゃんねるなどの掲示板やチャットで使われました。コメントの意味を緩和するために語尾に付け加えたり、「ww」や「www」のようにつなげて使ったりすることで感情を表現。LINEやツイッターなどのSNSでも広く使用されています。
投稿によると、法廷における「w」は「わら」と発音し、検察官が無表情にそう読み上げたとのこと。〈「死んでもらおうww」→死んでもらおうわらわら〉という、シュールな表現がユーザーに刺さったのか、1.5万超リツイートと拡散。驚く高橋さんに聞きました。
―現場はどこだったのでしょうか。
「1月14日、千葉地裁703号法廷です」
―事件の概要は。
「保険金目当てに男性=当時(23)=を海に突き落とし殺害したとして、養父と別の男2人が殺人罪に問われました。この事件は、3人の裁判員裁判が別々に進められ、うち1人の刑が確定しています。傍聴したのは、裁判未決の実行犯の初公判でした」
―検察官からww発言が出たのは。
「証拠調べです。検察官請求証拠として2人のLINEのやりとりが採用されています。男女の検察官がやり取りを読み上げました。女性はボブヘアに黒いスーツ、男性は痩せ型メガネで、いずれも真面目な雰囲気です。淡々と読んでいました」
―どんなやり取りだったのでしょうか。
「犯行前の10月、実行犯『おれ、すげーリアルに○○(被害者の呼び名)殺す夢を見ました』主犯『あと二ヶ月だからねww』といった会話でした。計画段階では年末の忘年会にかこつけて決行する意図があったのではとみられています」
―「わらわら」に法廷はざわつきましたか。
「…いや特に…。というのもLINEの証拠採用は数年前から増えてきたなという印象があり、検察官2人がAとBの役でやりとりを再現することも珍しくありません。『わらわら』と聞こえてきたので、あっ、『ww』かと。検察官はそう読むんだ、と。以前何かの裁判でも同じようなことがあったので」
今回、検察官のww発言が注目されましたが、法廷から見えてくる社会背景とは。高橋さんが顕著に感じるのはスマホと防犯カメラといいます。
スマホには検索履歴や発着信履歴、LINEの会話記録などのデータが残されています。「検索履歴は一昔前はPCでしたが、スマホ時代になってからは、そちらが主流になった印象です。LINE普及前は、iMessageやSNSのやりとりが証拠採用される時期もありましたが、今はLINEが多いです」と話します。また、性能、設置数ともに向上した防犯カメラによって、行動経路はある程度把握されてしまいます。「ある殺人事件の公判でも、実行犯が電車で潜伏先から目的地まで移動する際に駅構内を歩く様子、移動途中で変装のためにトイレに立ち寄った様子などがカメラで明らかになっていました。そうした変化を感じながら傍聴しています」と話します。
犯罪は時代を、法廷は社会を映す鏡。至言でした。