TOKIOの長瀬智也さん主演、宮藤官九郎さん脚本、磯山晶チーフプロデューサーという数々の傑作・快(怪)作を生み出してきた強力タッグによるTBS系ドラマ「俺の家の話」(毎週金曜22時から放送中)。全国に1万人以上の門弟を持つ能の観山流の宗家を舞台に、能やプロレス、介護、相続を巡って繰り広げられるホームドラマです。26日に放送された第6話では、満を持してクドカン作品常連の阿部サダヲさんが登場し、ファンを沸かせました。長瀬さんはクランクイン前からプロレスや能の稽古に打ち込んできたそうですが、本物の能楽師はこのドラマをどう見ているのでしょうか。日本伝統芸術文化財団の代表理事で観世流シテ方の梅若基徳さんに話を聞きました。
長瀬智也は「できる男」!
実は以前からクドカン作品が好きで、映画やドラマもチェックしていたという梅若さん。その魅力について「一見ポップだけど、それでいてヘビー。『俺の家の話』もお堅い伝統芸能を題材にしながら、親の介護や子供の学習障害など、どこの家でも直面する可能性がある“普通のこと”が描かれているところに共感を覚えます」と話します。
体を作り込み、プロレスを吹き替えなしで演じて視聴者を驚かせた長瀬さん。能を舞うシーンもありますが、3歳で初舞台を踏んだ梅若さんの評価は―。
「すり足に関してはかなり頑張っていると思います。とはいえ、やはりまだまだ初心者のレベル。もちろん、『能から25年離れていた』というドラマの設定を踏まえた、“敢えて”の演出という線も捨て切れませんが…」
うーん、厳しい!
でも梅若さん、クドカン作品をはじめ、これまで様々な役を自在に演じて視聴者を楽しませてきた長瀬さんには、全幅の信頼を置いているそうです。
「彼は身体能力がすごい。『俺の家の話』でもプロレスのシーンは本人がやっているんですよね。能も、絶対にもっとできるはず! ポテンシャルはまだ出し切っていないと思いますよ。彼はやればできる男ですから。この先の展開はわかりませんが、キャラクターの成長に合わせてどんどん能も上手くなっていき、最終回を迎える頃には『さすが長瀬さん』と唸らせてほしいですね」
西田敏行とジャニーズJr.羽村仁成に瞠目
このドラマでは、他の出演者も能を舞ったり謡を披露したりする場面が度々登場します。梅若さんは特に、二十七世観山流宗家・観山寿三郎を演じる西田敏行さんと、長瀬さんの息子・秀生を演じる羽村仁成さん(ジャニーズJr.)に光るものを感じたそうです。
「第1話で西田さんが『羽衣』を謡っていたんですが、それが無茶苦茶上手い! 西田さん、若い頃に観世流シテ方の観世寿夫さんから謡の手ほどきを受けてるんですよね。ドラマで能楽指導をしている人たちの大先輩に当たる方です。基礎ができているから、節を謡うことができる。声も素晴らしいと思います」
「秀生役の羽村さんは、結構上手いですね。能を舞うのはおそらく初めてだと思いますが、筋がいい。吸収力があるのでしょう。一般の方が見ても違いはわかりにくいかもしれませんが、『この子は何かを掴んでいるぞ』と感じます。計算ではなく、天性のものではないでしょうか」
「能で褒められたことがない」主人公に共感
さて、長瀬さん演じる寿一は、父親である寿三郎から、能に関して一度も褒められたことがありません。梅若さんはそこにもシンパシーを感じるそうです。
「私も幼い頃は父に教わっていましたが、早世したため、その後は親戚である梅若吉之丞から指導を受けました。師弟関係はドラマと同じで、『お前はなっていない』と基本的にはダメ出しばかり。私も能で褒められたことはありません。寿三郎に認めてもらおうと、全く違うプロレスの道に進んだ寿一の気持ちもわかる気がします」
「稽古では、例えば『腰が入っていない』と言われたりするのですが、じゃあ『腰が入る』とはどういうことなのか、どのような稽古をすればいいのかということは教えてもらえないし、こちらからも聞けないんです。私たちはひたすら稽古するしかない。世阿弥の言葉にある通り『稽古は強かれ、情識はなかれ』。知識じゃないんですよね」
能楽師も感服「クドカン、恐るべし」
能楽師目線で能の描写はつい厳しく見てしまう一方で、クドカン作品を愛する一視聴者としては、本作でも脚本の妙には感服しきりだとか。
「彼がドラマで能をどう描くのか、始まる前から楽しみにしていました。見事だと感心したのは、劇中で披露される能の演目と、ストーリーとの絡め方。兄弟、親子がテーマの回で『小袖曽我』を持ってきたのはすごく良かった。どこらへんまでが計算なのでしょうか。底が知れません。クドカン、恐るべしです」
「毎週リアルタイムで見て、後で録画をじっくり見るほど、1人の視聴者として本当に楽しんでいますよ。小ネタが満載で笑えるし、感動して泣いちゃったこともあります。それに、私にも高齢の母がいますので、今まで目を向けてこなかった介護のことも、そろそろ真剣に考えないといけないなと思うようにもなりました」
能楽師にお金がないのは「本当の話」
ドラマでは、お金の問題も描かれます。家元の寿三郎が倒れて要介護状態になった観山家には、とにかくお金がありません。お金がなさすぎて、食事の宅配サービスで臨時収入を得る描写も…。
「能楽師にお金がないというのは、本当に本当の話。私たちも新型コロナウイルスの影響で公演できない時期が長く続きましたし、いずれ終息したとしても、お客さんが以前のように戻って来てくれるかどうか…。コロナ禍の今より、むしろこの先の方が恐怖です」
「経済的な部分をシテ方が統括してやっていくのは大前提ですけど、さすがに限界も感じます。能のお客さん、生徒さんは高齢の方が多く、今は皆さん外出を控えていらっしゃいますので、出演料と月謝で生計を立てている私たちには非常に厳しい状況。このドラマがきっかけで、能に興味を持つ人が増えてくれれば。ひとつ要望があるとすれば、能のシーンではプロの方にきちんとした本物の芸を見せてほしい。ドラマを通じて、これだけたくさんの人が能に触れる機会なんて、そうそうないことですから」
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梅若基徳(うめわか・もとのり)
1964年生まれ。3歳で初舞台を踏んだ。関西を中心に各地の公演に参加しているほか、海外公演の経験も豊富。2017年12月には兵庫県西宮市に「西宮能楽堂」を開館した。
重要無形文化財総合指定保持者。一般社団法人 日本能楽会会員で、公益社団法人 能楽協会会員、一般財団法人 日本伝統芸術文化財団 代表理事などを務めている。