新聞社がつくった新聞を配達(販売)する販売店。そこでは新聞社とは違う用語が交わされていて興味深い。元販売店勤務だったNさんに聞いた。
定期購読の契約をとったら「あがる」
「いわゆる拡販員が営業に来たとき、ここにサインしてくださいって差し出してくるカードがありますね。あれは契約書なんです。正式には『購読契約書伝票』といいます」
購読契約書伝票がカード式になっているから、それが転じて「カード」は契約書を意味し、さらに「契約」という単語の代わりに使われるようになったのだ。ただし「購読契約を取ってくること」は「あがる」というそうだ。また、過去に契約していなかった読者を新規に獲得することを「新勧(しんかん)」という。
新たな契約でも、過去に一度同じ販売店で購読していて、いったん他社の新聞を購読していた人と再び契約することは「起こし」という。
「掘り起こしからきた言葉でしょうね」
契約が取れた拡販員に支払われる報酬のことを「カード料」といい、契約の仕方で金額が変わる。
「シバリ>起こし>新勧という順ですね」
「シバリ」とは、現在購読している読者の契約を延長すること。長く購読してもらうと、販売店の収入が安定するからありがたい。そして、延長したさらに先の契約まで延長することを「先シバリ」という。
契約が成功報酬だとすると、架空の契約をでっち上げて報酬をだまし取ろうとする不正が行われないか心配だが。
「それは実際にあります。カードに架空の住所と名前を書いて、あたかも契約したように偽装する行為を『てんぷら』といいます」
そして「てんぷら」を乱発して姿をくらます不届き者のことを「忍者」というそうだ。
「誤配」「欠配」「不着」……やはり配達に関連する用語が多い
契約に関連する用語だけでもこれだけバラエティに富んでいるなら、配達に関連する用語も多そうだ。
購読契約は通常、月単位となる。だから配達開始は翌月の1日からのはずだが、月の途中でも契約した翌日から配達するのが慣例になっているようだ。
「それを『即入』と書いて『そくいれ』とか『そくにゅう』と呼んでいます。その場合の料金は日割りで請求するか、日数が短いときは新規契約のお礼としてサービスさせてもらうこともあります」
「即入」の逆で「即止め(そくとめ)」という言葉もある。読者から「明日から配達をやめてください」と連絡を受けた翌日から配達をやめることをいう。原因や理由はさまざまにあるけれど、クレームが高じて「解約だ! 明日からもってくるな!」という状況になってしまったり、販売店の配達エリア外へ引っ越すため契約を打ち切ったりする場合が一般的。
では、どんなクレームが多いのだろうか。
「販売店側で『誤配』『欠配』『不着』をやってしまったときですね」
読んで字の如し、「誤配」は配達先を間違えたり契約していない銘柄の新聞を入れたりすること。
「欠配」は、配達員が無断欠勤してしまって、新聞を配達できないこと。休む場合には「代配員」といって代わりに配る人員が手配されるが、無断欠勤だとそれが間に合わないのだ。
そして「不着」は、配達するべきお宅へ配達し忘れること。配達員が替わった直後や新人が起こしやすいミスだ。
朝起きて新聞受けを覗いたら、ふだんならとっくに届いているはずの新聞が入っていなくて、すぐさま販売店に電話をかけ「朝刊が届いてないぞ、どうなっているんだ!」とクレームを入れた経験は、新聞を購読したことのある人なら覚えがあるはず。
「配達は自転車かバイクを使いますが、とくに自転車は大量の新聞を載せて重心が高くなっています。不安定になるため転倒して、新聞をそこらじゅうにぶちまけてしまうことを『店を開く』といいます」
地面が濡れているところへ店を開いてしまうと、その新聞は配達できない。予備の新聞を取りに戻って配達が遅れると、これまたクレームになりかねない。たいへん神経を使う仕事だ。