「有事だから、なし崩し的にやっちゃえ!」は危険 豊田真由子が強制的な私権制限に警鐘

「明けない夜はない」~前向きに正しくおそれましょう

豊田 真由子 豊田 真由子

法治国家や民主主義の根幹として、移動の自由や経済活動の自由といった憲法上の基本的人権を、公権力が制限するのであれば、公共の福祉との関係での必要性、内容の妥当性、明確な法律の根拠とそれに基づく厳格な手続き等が必要です。

もちろん、社会状況の変化に応じて、法律を変えていくのは必要・有益なことであり、わたくし自身、役所で多くの法律改正作業に携わった経験からもよく分かります。ただし、さまざまな歴史的経緯等を踏まえ、「それはやっちゃいけないよね」とされたことを、復活させることには慎重さが求められます。当初、どういった検討があってそういう規定にされていたのか、どういう歴史を踏まえているのか、そして、公権力は人権制限に対して極めて抑制的でなければならない、といったことを、ないがしろにしてよいはずはないのです。

具体的に考えてみます。

(1)入院勧告や保健所調査の拒否に対して刑事罰(懲役1年以下または罰金100万円・50万円以下)を科すことについて 

身体的拘束やプライバシーの侵害に対して、罰則を持って強制することになります。現行の感染症法は、かつて結核やハンセン病等の患者が強制収容され終生隔離生活を強いられるなど、感染症のまん延防止の名目で、著しい人権侵害が行われてきたことへの深い反省の上に成立したものです。そして、現行の感染症法においては、エボラ出血熱やペストなど、非常に毒性の強いものも含め、入院や調査拒否に対する罰則は存在しません。こうしたことの理由や意味、重みを、どう考えるのでしょうか?

さらに、実効性の観点からは、罰則を伴う強制によって、恐怖や差別を引き起こすことにつながり、却って協力が得られなくなるおそれもあり、刑事罰をおそれて、そもそも検査を受けなかったり、検査結果を隠したりして、対策が困難になる可能性もあります。

(2)時短や休業要請に応じない飲食店の店名公表及び過料(“予防的措置”の段階で30万円以下、緊急事態宣言の発令後は50万円以下)について

要請に応じない施設(※元々の対象は、学校や社会福祉施設、映画館、デパート、ホテルなどに限定されていたが、臨時閣議で政令を改正し、飲食店を追加)の公表については、もともと「(施設の)利用者のため、事前に広く周知を行うことが重要であることから、公表することとしたもの」です。また、施設の使用制限等の要請等の措置は、「罰則による担保等によって強制的に使用を中止させるものでない」とされていました。

施設名を公表することは、今の日本では、SNS等を通じた、いわゆる私刑による制裁を与えることを意味することになり、本来の法の趣旨とは違っています。国がそういったことを奨励し、互いの監視や「自粛警察」等を招くことにもなりかねません。

過料を科すことについては、例えば、スピード違反や脱税という行為に罰金を課すのとは異なり、「倒産や事業継続、雇用の維持ができなくなる可能性がある行為(時短営業や休業)」を、罰則で強制するものであり、財産権等の侵害が公共の福祉との関係でどこまで許容されるか、という問題でもあります。今回は、行政罰とともに、事業者支援の規定(「必要な措置を効果的に講ずるものとする」)を設けることで、バランスを取ることにしたわけですが、いずれにしても、大きな方針転換であり法の趣旨の変更になります。

いずれの条文も、国会に法案が提出される以上、関係省庁と内閣法制局の協議の結果(※今回の法案は、議員立法ではなく、緻密さ・厳格さが要求される閣法です)、様々な規制や罰則について、憲法等との整合性は保たれるとの認識となったわけですが、異論もあると思います。(最終的に判断するのは、違憲立法審査権を有する司法(裁判所)になります。)

いずれにしても、政府には、強制的な私権制限を行うことの妥当性や法的整合性、公平性・実効性の担保方法などについて、懸念を払しょくするに、十分な説明が求められます。

(参考)

・President Biden’s Full Inauguration Speech, Annotated
https://www.nytimes.com/2021/01/20/us/politics/biden-inauguration-speech-transcript.html
・Most voters say the events at the US Capitol are a threat to democracy(YouGov)
https://today.yougov.com/topics/politics/articles-reports/2021/01/06/US-capitol-trump-poll
・Autocratization Surges–Resistance Grows DEMOCRACY REPORT 2020(V-dem Institute)
https://www.v-dem.net/media/filer_public/de/39/de39af54-0bc5-4421-89ae-fb20dcc53dba/democracy_report.pdf
・『逐条解説 新型インフルエンザ等対策特別措置法』(2013年12月発行)(中央法規出版)
https://www.chuohoki.co.jp/products/topic/images/3958_4.pdf(※新型コロナ感染症拡大を受け、出版社より無料公開中)
・新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令の一部を改正する政令(令和3年1月7日)
https://kanpou.npb.go.jp/20210107/20210107t00002/20210107t000020002f.html
・新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和3年1月21日版)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_16207.html

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