「花押」(かおう)というものをご存知だろうか。戦国武将や徳川幕府の歴代将軍などが、書面の最後にサインあるいは押印の代わりに記すものだ。日本においては平安時代に入ってきて文書の中に実名を草書体で連続して書いた自署が花押の起源と考えられている。(「花押のせかい」望月鶴川:著)
現在では、ほとんど使われていないが、「持ち回り閣議」で総理大臣を始め各大臣が自身の花押を署名し、閣議決定がなされる。そこには押印ではなく、花押が用いられているのだ。
かねてから電子証明が本人確認のために活用されてきてはいたが、「コロナ禍」が押印の機会を減らしていく後押しをした。行政改革の一環として「ハンコ廃止」が推し進められそうだ。ただ、当然ながらあらゆる場面でハンコをなくしてしまうという考えではないと、行革相も言っている。たとえば、遺言書の作成にあたってはどうだろうか。
公証人役場にいって作成する「公正証書遺言」には実務上、実印の押印が必要だ。証人も署名押印が求められる。では「自筆証書遺言」はどうか。民法968条第1項に「氏名を自書し、これに印を押さなければならない」とあるため、署名押印が必要とされるが、必ずしも実印でなくてもよいと解されている。実はこの「自筆証書遺言」に押印する代わりに「花押」を記したことで、遺言書が有効か無効かを争った裁判があった。
花押が押印として認められるかどうかが争点で、相続人のうち次男が「この遺言は有効である」と提訴した。長男と三男は「無効」だと主張した。一審と二審は花押を押印の代わりとして認め、遺言書を「有効」とした。
その主たる理由は、花押は認印より、よほど偽造が困難であり、またこの被相続人は生前より花押を押印の代わりに利用していたから、という。しかしながら、最高裁は違った。重要な文書については「作成者が署名した上、その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識」が存在するわけだが、「押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという我が国の慣行ないし法意識が存するものとは認めがたい」として、花押による自筆証書遺言書の有効性を否定した。(最高裁平成元年2月16日判決)
「慣行ないし法意識」が根拠だった。では、押印のない遺言書が認められた例はないのかというと、帰化したロシア人がサインをした事案が存在する。また、「認印」が認められたほか、「指印(拇印)」も有効である。
今後、もし自筆証書遺言の押印がなくても有効だと認められるようになるとするなら、「慣行」は時間の経過とともに形成されるが、「法意識」を変えるためには当然だが法律の改正が必要だ。
ただ、当面は法改正により押印が要件でなくなっても、押印する人はすぐにはなくならないのではないか。また、「花押」を記す人が現れてももう問題にならなくなる。「ハンコ」も「花押」も日本の文化としては承継されていかなければ寂しく感じる。法律が要件としなくなっても存在し続けていって欲しいと思う。
織田信長は、太平の世にしか現れないといわれる伝説上の生物「麒麟」の「麟」という字をかたどった花押を1564年頃から使っていた。令和2年の大河ドラマ「麒麟がくる」の麒麟だ。ほかに勝海舟も「麟」の字を花押に用いた。これは幼名の麟太郎の麟を花押に用いたのだと言われるが、もしかしたらそれだけではなかったかもしれない。