2018(平成30)年度の児童相談所による虐待相談対応件数は、全国212箇所の施設で合わせて15万9850件と、厚生労働省が発表しました。この結果は過去最多であり、テレビを賑わせたニュースに胸を痛めた人も多いと思います。また、虐待というと暴力やネグレクトが想像しやすいですが、近年では心理的虐待が増加しているそう。児童の目の前で配偶者をDVする、"面前DV"の事案が、警察から児童相談所に通告されるようになったようです。
あとを絶たない児童虐待問題に対応するため、親権者から児童への体罰を禁止とする、"改正児童虐待防止法"が2020年4月から施工されました。
虐待件数の増加と、それによる政府の厳しい取り締まりによって、隣近所の住人や学校の先生はもちろん、町中でも親を見る目が厳しくなったように感じる人も多いのではないでしょうか。実際、子育ては思った以上に孤独で追い詰められやすい。私がそう感じたのは、独身時代の職場の同僚と、久しぶりに話す機会があったからです。彼女には7カ月になる子どもがいて、産まれてすぐに夫不在のワンオペ育児がスタートしました。彼女が子どもにしてしまったこと、追い詰められた原因、その後の対応についてお話します。
泣き叫ぶ子どもの口を毛布で塞いだ昼下り
久しぶりに会った彼女と会話が弾み、昔の職場の話で盛り上がりました。ひと通り話し終えた頃、彼女はなにか言いたそうにしています。そして、「育児って思っていたより本当に大変だね。引かないでね」と、切り出しました。「大丈夫ですよ!」と明るく答えた私に、「子どもの口を毛布で塞いだり、お風呂でわざと転ばせたりしたの」と、なんとも言えない顔で彼女は話しはじめました。
彼女が虐待と隣合わせになった理由
彼女が子どもの口を毛布で塞いだり、お風呂場でわざと転ばせたことは、大変危険な行為です。"育児は大変だから"という理由で肯定することはできません。ですが、目の前にいる彼女は、愛おしそうに両手で子どもを抱きしめ、なんとか踏みとどまっているように見えました。話を黙って聞く私に、彼女は追い込まれてしまった理由を話してくれました。
彼女の夫は漁師で、一度漁に出ると半年ほど帰ってこないそうです。実家に子どもと2人で世話になることも考えましたが、実母がいわゆる"片付けられない人"で、衛生的な面も考慮してワンオペ育児を選択したそうです。また、漁が不作だったため、金銭的にも厳しい日々が続いていました。彼女は身近な人に頼れず、お金を払ってシッターや一時保育を利用することもできず、"子育てを1人でせざるを得ない"状況になっていたそうです。頼れる人がいるけれど1人で子育てをするのと、頼れる人がいないから1人で子育てをしなければいけないのは、結果的に同じことでも、心理的な負担に雲泥の差があったのではないでしょうか。
さらに、彼女は悩みや辛さのはけ口がありませんでした。実母とは実家に帰らないことで揉めてしまい、夫とは生活リズムが合わず、頼れる人に話をする機会がなかったそうです。妹も結婚して4歳の子どもがいましたが、夫婦仲もよく経済的にもゆとりがあり、姉としてのプライドが邪魔をして相談できませんでした。彼女は1人で毎日子どもと向き合い、悩みも辛さも全てを抱え込んでしまっていたのです。
彼女の取った対応
「自分でも怖くなったから市の相談ダイヤルに電話したの」という言葉を彼女から聞き、すごくほっとしたのを覚えています。彼女は子どもの口を塞いでしまったその日に、市の子育て相談ダイヤルに電話をしました。現状を包み隠さず話したことで、保健師が家を訪問してくれることになり、子育てのストレスも落ち着いてきたそうです。ですが、彼女の対応を素晴らしいと感じる一方で、「もしも相談をせずにいたらどうなっていたのだろう」と、私は恐ろしくなりました。
火種が大きくなる前に親と子どものケアをすることが、虐待を予防するためには必要不可欠です。子どもの不調や異変はもちろんですが、親の精神的な疲れにもフォーカスしなければいけません。そして、親が精神的に追い詰められる原因は、逃げ道がないからだと感じます。悩みを相談したくても、子育てというデリケートな悩みだからこそ、身近な人には相談しずらいことも。預け先がなく、ワンオペ育児が続いたことで、慢性的な疲労感を抱えている人も多いです。
自治体の相談ダイヤルや、匿名のSNSなどに吐き出してみることが虐待の危険を遠ざけるために必要だと感じます。また、産後は無理をせずに自治体のシッター制度等を利用して、少しでも先の長い子育てに備えて体力を温存しておきましょう。子育てに一生懸命な親が、1つでも多く逃げ道を作れることを心から願うばかりです。