ホテルのバルコニーが並ぶ様子を撮影した写真が、まるで「騙し絵」のようだとネットで話題になっています。いくつもの手すりの影が、壁面に落ちているのですが…影のほうが本物のバルコニーに見えてきて、長いバルコニーが飛び出しているように見えませんか? もしくは細長い物体がたくさん空中に浮いているような感じもしてきたり…。現代アートのようにも見える不思議な瞬間を切り取った写真に、みなさん驚いているようです。
投稿したのは、京都府在住の「a storm in a teacup」(@argus_a2f)さんです。京都駅の南側・八条口に面して建っている「都ホテル 京都八条」の本館を撮影し、11月14日に投稿したところ、23日午前までに12万を超す「いいね」が寄せられています。あまりにも不思議な見え方に、「影なのに影に見えない」「エッシャーっぽい」「お洒落なCDジャケットみたい」「ぅゎ…脳が混乱するw」といった声もありました。
同ホテルは全988室あり、京都はもとより関西圏でもトップクラスの客室数を誇ります。2019年4月に現在の名前に変わる前は「新・都ホテル」と呼ばれていました、1975年3月に竣工した本館は、日本を代表する建築家・村野藤吾氏の設計として知られています。写真を撮影した「a storm in a teacup」さんに聞きました。
―とても面白い写真ですよね。
「この写真は、ホテル横にあるイオンモール京都の前の空地から、投稿日と同じ11月14日、12時20分ごろ撮影しました。Twitterでは古い建物を撮影した写真をよく紹介しているのですが、この日はほかの建物を見に行った帰りに、たまたまこのような光景を目にしました」
―えっ、偶然出会った風景なんですね…! てっきり、狙いに狙いを定めて撮影されていると思っていました…。
「たまたまスナップ的に撮ったものです。自分が感じた影自体の面白さやシュールさが分かるよう、1、2枚目は必要最低限の要素を切り取り、3枚目はその全体像を見せるように配慮したつもりです」
―実は有名な建築家がつくったホテルなんですよね。
「このホテルの建築は、村野藤吾氏の設計ということは認識していました。比較的地味な作品なので、そこまで気にしていませんでしたが…ただ、シンプルな壁面に繊細なバルコニーをアクセントとしてそれを反復させるというのは『村野藤吾らしいな』と思っておりました」
―みなさんの反応を見てどのように感じられましたか?
「同じ写真で人によりこれだけさまざまな見方があること、また想起を促したことが面白く、うれしく感じました」
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リプライ欄には、「騙し絵かどうかより、バルコニーのほうがどう使われているのか気になる」といった声もありました。確かに、造形物としては可愛らしいですが、華奢な印象もあって、実用性がどこまであるのか、いろいろ考えてしまいますよね……。
ホテルの担当者に聞いてみたところ、このバルコニーは、村野藤吾氏が設計した本館の4階以上のすべての窓についているそう。大きさはいくつか仕様があるようですが、おおよそ横幅920ミリ×奥行550ミリ程度。「本来防災の観点から設置いたしましたが、出来上がってみると柔らかく美しいホテルのシンボルとなりました」といいます。ホテル開業資料の中で、村野藤吾氏が自ら「当時防災機能として必要だったバルコニーについて、“機能面だけでなく、シンプルだが美しく仕上がった”と語っている」そうです。
現在は窓にストッパーがついていて、出ることはできなくなっており、緊急時以外の利用はできないそうです。そんな特色あるベランダについては「最近は多くはありませんが、建築を勉強されている方などから、時たま問い合わせがございます」とのこと。
このホテルには、今回のようなベランダ以外にも、村野藤吾氏らしい造形が随所に感じられるといいます。たとえば、地下へと続く螺旋階段、そしてバー「ラグーン」の優美な天井部分など…。また、館内の一部の椅子のデザインも手がけているそうです。
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なお、「a storm in a teacup」さんのTwitterアカウントでは、各地の近現代建築を撮影して紹介しています。あらためてお話をお聞きしました。
―各地の近現代建築を多く撮影されていますよね。
「建物の写真自体は小学校のころから撮っています。昔から古い建築が好きなので記録という意味で撮っています」
―有名な建築家が手がけているもの、そうでないもの、さまざまな種類の建築物を撮影されています。
「紹介する建造物は文化財としての保護がされていないものや、その価値が明らかになっていないものも少なくありません。近現代建築については文化財的な価値があるものに関しても、管理に莫大な経費がかかるなどして取り壊される事例が少なくありません。このようなものに関して、多くの人に周知することで、保存の一助になれば良いと考えています」
―建築の写真を撮影するにあたり、どのような部分が面白いと感じられていますか?
「何かを意識的に写真におさめるということは、実際に見ている風景から要素を削る、換言すれば相対的に何かを抽出することになりますから、普段意識せずに見ているものの中から、新たな気付き、見方が生まれるのが面白いと思います。たとえば建物であれば、風景の一部としての建物ではなく、建物を中心とした風景という見方になり、作品として建物に向き合えると思います。さらに切り取り方によっては、装飾などのディテールに目を向けることにもつながります」
―今回の写真のように、ホテルのベランダも、切り取り方によっては現代アートのように見えてきますものね。
「身近なところにこのようものがあると気付いてもらうことで、普段何でもない建築、景色と感じていたものについて、意外と面白いのではないかと思ってもらえれば幸いです」