なめらかで光沢のある高級繊維「絹」は、カイコガのサナギの繭から生み出される。古来より私たちの「衣」を支えてきたが、それだけでなく、絹の成分を使った石けんや絹製ランプシェードなどの「住」、そして「食」としても活用できる可能性を持っているとのこと。え、カイコって食べられるの?その疑問を探るべく、京都でカイコの「衣・食・住」の可能性を広めている創業350年の老舗織屋の取り組みを訪ねた。そこで出てきた「カイコ料理」とは-。
老舗織屋は、国産絹製品の製造・直売や無農薬の養蚕を手掛ける会社「織道楽 塩野屋」(京都府亀岡市)。今年9月下旬、京都市内で開かれた展示会「純国産シルクで新しい衣・食・住」で、東京都の昆虫食専門店「TAKEO」が調理したサナギや幼虫などを試食させてもらった。
まず、「塩野屋」の服部芳和社長(70)が「これ、食べてみて」と勧めてきたのは「卵」と「お茶」。
冷蔵され、冬眠状態の卵は、直径1ミリほど。濃い灰色の卵を数粒口に含むと…これは、張りのある数の子のよう。味付けはされておらず、少々苦い豆という感じだ。
そして、お茶を飲む。「カイコのふん」茶だ。3~5令幼虫のふんを天日干しし、炒った後に煮出す。排泄物でお茶が出ることに驚いたが、味もにおいもウーロン茶が最も近い。
味見をする私の横で、社長は「カイコは絹の着物だけじゃない。もっとすごい可能性があり、特に『食』を分かってほしいんや」とうれしそう。
次はサナギ。かまあげサナギの「刺身風」は、ローズマリーと抹茶と一緒にゆでたサナギに、しょうゆをつけて味わう。口に含むと、パリッとした皮の中からジューシーな身と食草のクワの香りがあふれてくる。煮た大豆と鶏ささみの中間のような味だ。高級感があり、上品なおつまみだ。
サナギのしょうゆ漬けは、チーズやクラッカーとともにいただく。チーズの味と混ざり合って、非常に食べやすい。「刺身風」と同じように、クワの香りも広がる。
最も見た目のハードルが高いのは、5令幼虫のオリーブオイル炒め。ニンニクと一緒に炒めた「芋虫」は、かむとちゅるっとした食感の「肉」が飛び出す。虫嫌いの人は無理だろうが、これはワインがぴったりだ。取材中のはずだが、すでに服部社長が白ワインの栓を抜いていた-。
それにしても、なぜ京都で350年ものれんを掲げる老舗織屋が、カイコの「食」に目をつけているのだろうか。
100年前、日本の絹生産量は世界一を誇り、主要な輸出産品だった。しかし、養蚕業の衰退で、現在の絹はほとんどが中国産だ。服部社長は1990年頃、「やはり国産絹で作りたい」と決意し、高価格だが純国産の着物を手がける道を歩んだ。
しかし、その後も国内の養蚕は衰退の一途をたどった。塩野屋は2000年代まで、国産の生糸を京都府福知山市の養蚕農家から仕入れていたが、高齢でいつまでも頼れない。そこで2010年代、亀岡市で300本のクワを植え、カイコの飼育を始めた。
すると、繭を取った後のサナギやふんなど、副産物が大量に出ることが分かった。長野県などではサナギの佃煮が売られている。食としての可能性に気がつき、カイコを昆虫食の専門家に食べてもらうと、「これは普通のカイコと全く違う!」と驚かれた。
現在、ほとんどのカイコは人工飼料を食べている。また、「食用」のサナギは繭をゆでて「生糸」を取った後の「余り」の死骸を集めて調理することが多い。
しかし、塩野屋のカイコは無農薬のクワの葉で育てており、生きたまま繭を切ってサナギを取り出し、新鮮な状態で食材として活用している。この違いが、昆虫食の専門家も「びっくり」の風味を生んだようだ。
服部社長は「養蚕って、カイコの命を人間が預かっているようだけど、人とカイコは共生するのが本来の姿だと思う。糸だけでなく、ふんも卵もサナギも全部有効に使っていきたい」とし、今後もカイコ料理を広めていくつもりだ。
塩野屋のカイコは、11月頃から今秋産の「かまあげサナギ」が、昆虫食専門店「TAKEO」のネット通販で購入できる予定という。