ずっと見つめていると「顔」にみえてくる写真ってありませんか? 例えば最近、「だんだん壁に稲葉さんが浮き出てくる画像」と、2枚の画像を並べたツイートが共感を呼びました。右はロックユニット『B'z(ビーズ)』の稲葉浩志さん。左は建物に影が差している画像ですが、眺めていると影のコントラストがじわじわ稲葉さんの顔に…。実はこれ、そこに存在しないものが見えてしまうパレイドリアと呼ばれる心理学の現象。無関係なものがなぜ顔に?
検索すると、目線を感じさせる屋根、カエルに見えるカフェラテの泡、子鹿やチワワに見える木目など多くの画像が続々と。パレイドリアに詳しい中京大学心理学部教授の高橋康介さん(認知心理学)に聞きました。高橋さんは、脳が顔の特徴や表情をどう認識しているのかを調べるため、環境や文化の異なる土地で心理学実験をしています。例えば、「ニコちゃんマーク」と呼ばれる記号を、タンザニアやカメルーンで見せると、笑顔と認識されないこともあるそうです。
「奇跡の一枚」
―稲葉さんの顔が浮かんでくるツイートは、9月23日の投稿後、10月6日までに11万件超のいいねが付いています。
「これだけ多くの人が納得する、なるほどと思う点で、奇跡の1枚みたいな位置づけになると思います。今回の現象は、Two-tone imageとパレイドリアが混ざったようなものだと思います」
―Two-tone imageとは。
「自然風景の写真を白黒二値化(two-tone)すると、見えるんだか見えないんだかよくわからないものが出来上がります。最初は何があるかわからないことが多いのですが、オリジナルの写真を見て何があったかわかると、人間はそこに白黒版のオリジナルを見ることができます」
「今回の件は、『何かが見える』ということ自体、通常のパレイドリアとしてよく起こることです。そして人の顔が見えやすいこともよく知られています。ところが今回の場合は、『稲葉さん』という非常に具体的に特定の顔が見えやすいということで、木の影が奇跡的に、稲葉さんのtwo-tone imageに近いものになっていたと考えられます」
―隣に稲葉さんの画像がなかったら。
「稲葉さんに見える人は劇的に減ると思います。さらに『稲葉さん』というコメントもなければ、ほとんどの人は稲葉さんに見えないのでは。そういう意味で、最初に『この画像はB’zの稲葉さんに見える!』と気づいた人はすごいですね」
「もともと特に意味がないノイズのような画像に対して、人間は意味のあるものが見えます。以下の画像は人によってはウサギとかヒヨコとかが見えてくると思います」
ラトクリフ波止場の幽霊
―見たいものが見えてくるということですか。
「何に見えるのか頭に思い描いた上で、何だかわかりにくいものを見ると、その思い描いたものに見えやすいということがあります。イギリスの心理学者リチャード・ワイズマンの『超常現象の科学』(文藝春秋)という翻訳本があって、『ラトクリフ波止場の幽霊』という逸話が紹介されています。なんでもない波止場があって『この波止場には幽霊が出ます』という話をラジオか新聞広告で流したら目撃報告が増えた、というものです。出ると思うと、なんでもない影だったり木だったりが幽霊に見えてしまう、ということです。このラトクリフ波止場の逸話自体が真実なのかどうか、私自身は確認できてはいないのですが、いかにもありそうな話ですね。今回も、稲葉さんと思って見ているからと、画像まで付けられているから、多くの人がそう見えた、という側面はあります」
―車のフロントやコンセントとか、なぜ顔を連想するのでしょうか。
「正確に言えばわかっていないのですが、人間にとって、何かが顔に見えるための条件が非常に緩い、ということがあります。∵という数学記号にあるような目目口の逆三角形型の緩い配置だけで『顔』という強い印象が生じます。生まれつきこのような傾向があるという研究もあります。赤ちゃんや子供向けのアニメなどで、このような表現が多用されていることも原因かもしれません。人間は目立つ特徴をつなぎ合わせてパターンを認識するという傾向があるのかもしれません。顔の場合、目立つ特徴(∵)が他の物体に比べて非常に目立つ上に、多くの人に共有されているため、適当なものでも顔に見えてしまう、ということもあるかもしれません。この辺りは研究途中の話です」
―パレイドリア現象はどんな研究トピックがあるのでしょうか。
「パレイドリアに関する研究は多岐に渡ります。精神疾患とパレイドリアの関係もその一つです。それ以外に、脳の顔認識の過程とパレイドリアの関係、パレイドリアの個人差、などもあります。私自身の研究では、パレイドリアが行動に与える影響(パレイドリアとして顔が見えたとき、その顔の視線につられてしまう)、最近では「顔身体学」というプロジェクトでパレイドリアと文化的多様性なども研究しています。私自身の関心は、なぜパレイドリアのような現象が起こるのか、起こる必要があるのかという問題を、認識の仕組みや進化における意味などを含めて考えるというところにあります。
■顔身体学プロジェクト http://kao-shintai.jp/
■タンザニア・カメルーン・日本でのフィールド実験による顔パレイドリアの多様性の検討
https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2020/proceedings/pdf/JCSS2020_O2-4.pdf
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0022022117734372
Takahashi, K., Oishi, T., & Shimada, M. (2017) Is ☺ Smiling? Cross-cultural Study on Recognition of Emoticon’s Emotion. Journal of Cross-Cultural Psychology, 48 (10), 1578-1586.