「伊勢うどん」とは何か…SNSでの「論争」を機に「大使」が説く「全てを受け止める多様性」

北村 泰介 北村 泰介

 三重県伊勢市の名物「伊勢うどん」の食べ方をめぐり、SNS上でちょっとした「論争」が起きた。結論としては「好きなように食べればいい」ということになるのだが、むしろ、この話題を契機に「伊勢うどんとは何か?」という切り口で掘り下げてみたい。「伊勢うどん大使」として普及活動を続けているコラムニストの石原壮一郎氏に見解をうかがった。

 まずは経緯をおさらいしよう。訪日外国人向け観光情報サービスの掲載記事に「伊勢うどんは、つゆにしっかり絡めて食べるのが基本。食べ終わったときに、つゆも一緒になくなっているのが正しい食べ方とされています」という記述があり、これに対しSNS上では「伊勢うどんに『正しい食べ方』なんてない」といった反論が投稿された。

 三重県伊勢市近辺で400年以上前から親しまれてきた伊勢うどん。太い麺に醤油ベースの黒いタレが特徴だ。記者は8年前に都内で初めて食べた際、想像を絶したフワフワに柔らかい極太麺を新鮮な驚きと共に受け止めた記憶がある。

 石原氏は地元の三重県松阪市出身。編集者を経て1993年に「大人養成講座」でデビュー。数多くの著作やメディアで「大人としてのコミュニケーションのあり方」などを発信している。12年に「伊勢うどん友の会」を立ち上げ、13年に伊勢市麺類飲食業組合と三重県製麺協同組合公認による「世界初」の伊勢うどん大使に就任。「食べるパワースポット『伊勢うどん』全国制覇への道」(扶桑社)を出版した。その石原氏と一問一答形式でやりとりした。

 ――物議を醸した記事について。

 「元の記事を読んで、伊勢うどんの認知もまだまだだなと改めて感じました。また、もしかしたら自分自身も、ほかの地域の名物について、似たような勘違いや思い込みをしているのではないかという怖さも感じました。その意味では、勉強になった記事です(皮肉な意味で)」

 ――今回の「論争」をどう見ますか。

 「反発の声を上げた方も、本気で腹を立てたわけではなく、呆れ半分で突っ込んだのではないかと推察します。そもそも、伊勢うどんには『バトル』とか『論争』という言葉は似合いません。ただ、元の記事にたくさんの突っ込みが入ったことで『ここに書いてあることは信じなくていいんだな』という認識が広まったことはよかったです」

 ――どう受け止めましたか。

 「ともあれ、どんな形でも伊勢うどんが話題になり、注目が集まるのは、伊勢うどん大使としてはうれしいことです。提唱されていた『正しさ』は明らかに間違いで、そんなことを気にしながら食べる必要は全くありませんけど、知ったかぶりをしている人がいたら『それは違う』と教えてあげる楽しみができました。ちなみに、うどん屋さんによってタレの量には違いがあるので、結果的になくなる場合もあれば、全部を飲み干すのは無理がある場合もあります」

 ――伊勢うどんとはどのような存在ですか。

 「すべてをゆるく受け止めるのが伊勢うどんらしさです。伊勢うどんは長い間、たくさんの誤解や偏見(うどんはコシが命である、コシがないうどんなんてマズイに決まっている…などなど)をゆるく受け止め、そしてそれを柔らかく包み込んで、泰然と伊勢うどんであり続けてきました。そこに伊勢うどんの貫禄があり、偉大さがあり、底力があると考えます。ふんわり柔らかいうどんですが、ふんわり柔らかいコシが一本通っているうどんです」

 ――そこから学ばれたことは。

 「伊勢うどんは、今流行りの『多様性』を教えてくれるうどんです。コシがあってもよし、なくてもよし、ツユがたくさんあるうどんもおいしいし、タレをからめる伊勢うどんもおいしい、讃岐も伊勢も稲庭も武蔵野も水沢も吉田もそれぞれにおいしい…。伊勢うどんに限っても、ネギだけのシンプルなスタイルもおいしいし、肉や卵などのトッピングを載せてもおいしい、カレー伊勢うどんも焼き伊勢うどんもおいしい…」

 ――最後にメッセージを。

 「伊勢うどんを食べることで、私たちは、価値観の違いを許す心、すべてをやさしく受け止める心を教えてもらうことができます。言ってみれば、どんどん不寛容になっている今の世の中において、最も必要なうどんだと言えます。みんなが伊勢うどんを食べれば、もっと優しい世界、もっと平和な毎日になるでしょう」

 石原氏が今年6月に出版した最新刊「恥をかかないコミュマスター養成ドリル」(扶桑社)では「うどんにコシは必要か否か」という自身のコラムを引用し、「どっちもアリだしどっちも『正解』です」と説いている。「いろんな価値観を認める大切さ」。そこには「伊勢うどん的な生き方」がある。

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