児童虐待やネグレクト(育児放棄)によって心身ともに傷つく子どもたちが後を絶たない。命を落とした事件も報じられている。そうした社会背景の中、児童養護施設の子どもたちを描いたドキュメンタリー映画「ぼくのこわれないコンパス」に出演するトモヤさん、父が第2次世界大戦後に日本の施設に入った米国人のマット・ミラー監督、イランの施設で育ち、今作のナレーションを務める女優のサヘル・ローズが都内でシンポジウムを行った。それぞれの思いを聞いた。
厚生労働省統計によると、日本では児童養護施設に暮らす2歳から18歳の子どもたちが約2万5000人おり、里親家庭や乳児院などの社会的養護下に置かれている子どもたちを含めると約4万5000人に上るという。
トモヤさんは21歳。福島県で祖父母に育てられたが、東日本大震災の津波でその環境を失い、東京で実母と新しい家族と暮らす。2012年6月に家族によるネグレクト、同年9月に虐待が発覚して東京の児童養護施設に保護された。12歳の時、実母と夫がメモと1000円だけを残して数日外泊し、13歳の時には学校の健康診断で背中にあざが見つかった。
将来は「子どもたちと関われる仕事に就きたい」というトモヤさん。現在、学費を貯めるために飲食店でアルバイトをしている。成人したことで、施設の子どもたちを代表してドキュメンタリーの被写体となることに同意し、10代の自分に起こった出来事や出会いを告白する。
ネグレクトや虐待の当事者が自身の顔を出し、名前の一部を明かして発信することについて、トモヤさんは「自分が18歳で児童養護施設を出てからが色々大変で、自分だけじゃなく周りもそういう大変な思いをしているというのが、色々な人に伝わればいいなと思いました」と動機を明かした。
これまでの体験について、トモヤさんは「中学校1年くらいからネグレクトや虐待を受けました。最初は軽くて、『これをしなきゃご飯を食べられない』くらいだったけれど、『次はこれをやらないとご飯はないよ、外に出られないよ』ということが重なり、しまいには自分の部屋の外鍵をかけられて強制的に出られないことがありました」と振り返る。
ミラー監督は、父が終戦直後の長崎・佐世保に駐留した米兵と日本人女性との間に生まれた子どもだった。その米兵は日本を離れ、母親には育てる力がないため佐世保の児童養護施設で育ち、10歳の時に養子として渡米した。ミラー監督は「製作のきっかけは父にあります。彼が経験したトラウマは大人になっても影響し、僕自身にも影響を及ぼしましたので、子どものトラウマ、メンタルヘルス、養護施設の子どもの支援についての映画をここ日本で作ろうと思いました」と明かす。
サヘルはイラン・イラク戦争で家族を失い、7歳までイランの施設で育ち、8歳で養母とともに来日。女優として映画や舞台で活躍する一方、自身の原体験を踏まえて難民キャンプやストリートチルドレンなどに寄り添うボランティア活動を続けている。「美しい映画だと思いました。言葉でなく視線や空気や子どもたちが出すモールス信号が描かれていました」と感想を述べる一方、その視線を虐待する側の「大人」にも向けた。
「この映画を観て思ったのは、子どもの現状ももちろん、『大人を救ってあげないといけない』ということです。大人が孤立してしまって受け皿がないと、思わず自分の子どもに手をあげてしまって、傷ついて施設に入ってしまうという負の連鎖が続いていく中で、大人も救わなくてはいけないと」
サヘルの言葉を受け、トモヤさんと母との関係はその後、どうなっているのか気になった。トモヤさんは当サイトの取材に対して「いつでも僕は会える状況にはあるんですけど、今はもう一切連絡は取っていない形です」と明かした。
サヘルは「親の愛情が欲しかったという気持ちは、国、性別問わず、どの子たちにも通じる部分だと思います。トモヤくんを見て、鏡越しでもう1人の自分を見ている気がします。そういう想いを一人でも多くの子がしないように、心のケアが大切だと思っています。本作はそういうことを伝える映画です」と語る。
トモヤさんはサヘルの発言を「すごい泣きそうです」と受け止め、「こういう状況は一般社会に明るみに出ないと分かってもらえないと思うので、少しでも世に出て、みなさんの目に入ってもらえたらなと思います」と訴えた。
今作はコロナ禍の影響で進行が遅れ、来年の公開を目指す。年内の完成に向け、到達しない場合は1円も受け取ることができない「All or Nothing方式」を採用した、150万円を目標とするクラウドファンディングで寄付を募る。締め切りは22日午後5時となる。
▽クラウドファンディングのページ
https://bit.ly/3lyBW6o