右に敬遠され、左に好かれる不思議な愛国者 鈴木邦男の映画は不寛容の時代にどう響く?

黒川 裕生 黒川 裕生

愛国者、天皇主義者を標榜する一方、左翼系をはじめどんな思想信条の人とも親交を結ぶ柔軟な姿勢を貫き、新右翼と称される鈴木邦男さん。穏やかな物腰の内に、激しい闘志を秘めた男の底知れぬ魅力に迫るドキュメンタリー映画「愛国者に気をつけろ!鈴木邦男」が7月10日から、関西の各劇場で順次、公開される。約2年間にわたって鈴木さんを取材した中村真夕監督は「右傾化と他者への不寛容さが加速しているこの時代に、人と違うことを受け入れる大切さ、民主主義の根本を体現している鈴木さんから学ぶべきことは多い」と話す。

鈴木さんは1943年福島県生まれ。民族派団体「一水会」の元顧問でありながら、既存の右翼活動家とは一線を画すリベラル派の論客として独自の存在感を示している。

「日本を良くしたいという気持ちが同じなら、右も左も関係なく共感するし、立場の違う人の意見にも真摯に耳を傾ける。そんな“歩く民主主義”とでも呼びたくなる鈴木さんの姿を通して、他者へのおおらかな気持ちを失いつつある日本社会の今を考え直そうと思いました」

中村監督は制作意図についてそう語る。右翼活動家の重鎮としてその名を轟かせ、政治の激動の時代を知る貴重な存在であるにもかかわらず、これまで鈴木さんを主人公にしたドキュメンタリー作品が作られていないことに、映画作家としての使命感のようなものも感じたという。

右翼活動家として知られた鈴木邦男とは

鈴木さんが40年間暮らし続けているのは、“貧乏学生”のような古いアパートだ。玄関ドアには自身の名刺を貼り、「意見を言いたい人がいれば、いつでも、誰でも歓迎する」と表明。中村監督は「全著作に住所と電話番号を載せていて、実際危ない目にも遭っている。それでも鈴木さんは逃げない。ふわふわしていて一見すると“かわいいおじいちゃん”ですが、肝心なところは腹を括っている。かっこいい、自分もこうありたい、と思いました」と語る。

映画は、来歴を総括する本人インタビューを軸に、トークショーや朗読劇といった幅広い活動、「邦男ガールズ」と呼ばれるファンと交流の様子、鈴木さんと関係の深い人たちが語る「鈴木邦男像」などの映像を交えて構成。多様な側面を描写することで、一筋縄ではいかない鈴木さんの人となりを浮かび上がらせようと試みている。

撮影中、「急激な老い」を目の当たりに

比較的穏やかに描かれていたそんな「人間・鈴木邦男」の姿が終盤、ガラッと変容する瞬間がある。転倒して病院に運ばれ、「最近よくふらつくんだよ」とこぼしながら弱々しくベッドに横たわるシーンだ。鈴木さんが直面している老いの現実を容赦なく突きつけ、見る者に強烈な印象を残す。中村監督が密着を始めたのは2017年夏からだが、「撮影しているわずか2年ほどの間に驚くほど急激に老いていった」といい、実は現在もあまり体調が良くないという。

ベッド上の鈴木さんは「老いたライオンが『もう鳥に食われても仕方がない』と観念している」(中村監督)ような気配を漂わせていた。血気盛んだった青春時代を語るよう水を向けると、三島由紀夫と共に自決した森田必勝や、経団連襲撃事件(1977年)を起こした野村秋介の名前を挙げ、「本当にすごい人たち。それに比べて俺たちなんて、何もしてないんじゃないか」としみじみ漏らした。

「鈴木さんの人生の原点には、やはりああいう思想に殉じた人たちへの憧れと、自分はそうなれなかったという思いが強くあるんだ」…。中村監督はあらためてそんなことを感じたという。

自分を信じ、世間の声に怯まない

世界は今、新型コロナウイルスによって、大きな変化を迫られている。イギリスやアメリカで暮らした経験がある中村監督は「日本は良くも悪くも同調圧力が凄まじい国なので、互いに見張り合っている息苦しさを感じます。ちょっとでもマスクをしていなかったら非国民だと非難されるような風潮も怖いですね」と危機感を募らせる。

「以前から指摘されていた不寛容さ、排外主義的な考え方が拡大していく中、世間の声に怯まず、自分の正義を信じ抜く鈴木さんの生き方は、コロナ前とはまた違って見えるはずです」

「愛国者に気をつけろ!鈴木邦男」は7月10日からシネ・リーブル梅田、7月31日から京都シネマで公開。8月以降、神戸の元町映画館で公開予定。

■公式サイト http://kuniosuzuki.com/

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