とある団地の集合ポストに倒れていた子猫。やせ細っていてピクリとも動かない。死んでいるのかとも思ったが、ふとしたはずみで筆者が大声をあげると、口元がかすかに動いた。そのまま自宅に連れて帰って付きっ切りで看病。翌朝、病院に連れて行くと奇跡的な回復をみせたものの、ひとつ気になることがあった。
数匹の猫の親子が道の真ん中に…
今回は保護猫シェルターを運営している私が飼っている猫のお話です。2015年7月、当時はまだシェルターもなく、猫を保護しては自宅の猫として家に連れ帰っていました。猫のお世話代を捻出するため、当時会社勤めだった私と妻は仕事後にチラシ配りのアルバイトをしていました。
その日の配布先は団地が多く、車で移動しながら配っていました。ある棟の前に車を停めようとハンドルを切ると、車のヘッドライトに反射した丸い物体がキラキラと光っていました。
どうやら“いきもの”の目のようです。車を停車させてフロントガラスから覗き込むと、数匹の猫の親子が道の真ん中で立ち止まったままです。私たちは車から降りて近寄ってみました。
人慣れしているのか、全然怖がりません。「こんな場所でどうしたん?」と話しかけると、猫の親子はゆっくりと歩き始めました。何か誘導されているような気になり、私たちも後をついて行きました。
団地の入口の近くまで来ると、立ち止まってこちらを振り返り、ニャーニャーと鳴き出します。「急にどうしたんやろ?」と困惑しつつ、視線を明かりの照らしている集合ポストの方へ向けると、そこにはボロボロになった子猫が倒れていました。彼らは、このことを知らせたかったのでしょうか。
慌てて近寄って見ると、体は糞尿まみれでゲッソリとやせ細っています。ピクリともせず、最初は死んでいると思いました。
「かわいそうに。こんなボロボロになって」
声にならない声を出し、子猫の体をゆっくりさすると、いきなり体の下からゴキブリが出てきました。それにビックリして「アッ!」と大きな声を出すと、子猫の顔が小さく一瞬動き、口を少し開けました。
「生きている!」
妻と顔を見合わせ驚き、すぐに自宅へ連れて帰ることにしました。車には子猫を包んであげる物がなかったので着ていたTシャツで包み込みました。すると、周りにいた親子が連れて行かないで、とばかりにニャーニャーと凄い勢いで鳴き出します。
間違いなく、この子のお母さんと兄弟でしょう。申し訳ない気持ちで親子の顔をあらためてじっくり見ると、子猫たちは目が真っ赤でパンパンに腫れているではありませんか。猫風邪をひいていたのです。
瀕死の子猫とともに目を腫らした子猫も連れて帰ろうと捕獲を考えました。しかし、生後3カ月程の子猫でとてもすばしっこく、捕獲道具がなくては捕まえることができません。仕方なく弱っている子猫1匹だけを連れて帰ることにしました。帰宅の途中には、この子猫が抵抗して渾身の力を絞り、手足を動かし、その後嘔吐と下痢をしました。
遅い時間ということもあり、病院は開いておらず、留守番電話にメッセージを残しました。すると、折り返し連絡が入り、先生に状況を説明すると、低血糖になっている可能性があるため、ミルクかシロップを与えるといいとアドバイスをもらいました。
家に着いて隔離部屋へ移し、子猫の体を温めてシロップを与えました。いま考えると、この時何らかの感染症にかかっていた可能性も考えられました。当時は知識がなく、隔離部屋で隔離はしたものの、専用の消毒液もなく危ないことをしていたと思います。
その後は朝までつきっきりで看病し、病院へ。診察結果は風邪と栄養失調。子猫はオス猫でした。それでも、すぐにご飯を食べるようになり、そこからは急速に回復。翌日には歩き回れるようになりました。
ただ一点気になることがありました。それは後ろの右足が全く動かず、引きずっていたことです。通院時に病院でこのことを確認すると「骨折の痕もなく、痛そうにはしていない。生まれつき足が悪いのではないか?」とのことでした。
それを聞いて辛くなりましたが、足が悪くても明るく元気で生きてほしいとの思いを込め、ディズニー作品「ライオン・キング」に出てくる“未来の王”にちなんでシンバという名前を付けました。
シンバは毎日たくさんご飯を食べ、いっぱい遊ぶようになり、かつて糞尿まみれだった体も見違えるようにきれいになっていました。
保護してから3週間ほどしたある日、私はいつものようにシンバの世話をしていると、異変に気づきました。なんと、シンバがとことこと歩いていたのです。四本の足を使ってしっかりと。一瞬戸惑いましたが「歩いている!」と大きな声で喜び、シンバに抱きついたものです。
なぜ、突然歩けるようになったのかはよく分かりません。病院の先生は「恐らく栄養失調から回復したことで足が治ったのだろう」と驚きを込めて話してくれました。
その後、2カ月の隔離期間を経て、先住猫と対面。無事に迎えられました。残念ながら団地で風邪をひいていたシンバの家族は、その後何度も足を運んでみましたが、見つけることができませんでした。
あの家族がその後どうなったのかと考えると、いつも胸が締め付けられます。一方、シンバは今年7月で保護して5年。いまだ甘えた全開で子猫のころと少しも変わりません。
ふと保護したころを夫婦2人で思い出しては「足が動かなかったのは演技だったんちゃうん!?」と冗談交じりに話しています。