みなさんは、看病をされている全てのご家族は気持ちが弱っているというイメージではないでしょうか。以前の私はそう思っていましたが、がん家族の方々とお話しするようになってから、それが間違いだということに気づかされました。もちろんすべての方が強いわけではないことは承知しています。でも私は、がんと寄り添いながら、冷静に現実を受け止めようとする、ある女性との出会いにより、考えが一変しました。
その女性に会ったのは、総合病院のボランティア活動の日でした。休憩室に、グレイのショートヘアの小柄な女性が椅子に座ってため息をついていました。その様子を見て声をかけると、この病院へ通っている事情を話してくださいました。
女性が言うには、ご主人が末期がんで医師に余命を告げられ、この病院で最後まで診てくれるというので入院させたそうです。しかしご主人は余命宣告の時期を過ぎても生きている。確かに元気とはいえないけれど、息をしているし、声をかければ目だけをキョロリと向けてくれるので、このまま生きていてくれるかも知れないと思うようになってきたから、うれしいけれど当初の覚悟も実感もなくなり、心構えがわからなくなったのだと話してくれました。
次の月も、女性を見かけたので声をかけると、うれしそうに自分が座っているソファーに手招きをしてくれました。私が近寄って行くと、まだ座っていないのにもう話をされます。この時は、ご主人の変わらない現状や、元気だったころはご主人が食道楽だった話などをしてくれました。
そしてまた次の月にお会いすると、女性は痩せたように見えました。話を伺うと、ご主人の様態が変わってきていて、最近では反応も鈍く腹水も溜まるようになってきたとのこと。素人の自分にもわかるほどのご主人の変化をみて、改めて死の覚悟をしたのだそうです。
ご主人が亡くなった後、何にもやる気がおきない気がするから、今のうちにいろいろな準備をしていこうと考え、まずは畳を全部新しいものに変えたのだと言われました。そして、穏やかな目をしながら、気持ちが落ち着いたとも話されていました。
私は、女性とお会いするたびに、食事はとれているのか、眠れているのかなどをおたずねしていました。なぜなら、看病をされているご家族は、食事もままならず、自分のことは無頓着になる傾向があるからです。
ところがこの女性は、いつも「きちんと食べて、きちんと寝ていますよ」と答えるのです。その返事に、私は正直驚いていました。なぜこの方は、こんなにも自分を大切にできるのだろう…と。
答えは、いつも女性が言っていた言葉にありました。
「自分が体調を崩せば夫が心配する。最後まで夫の側にいたいから、倒れられない」
私や看護師にそう言いながら、きちんと実行されていたようです。その行動の中には、「がんに私たち夫婦のすべてをうばわれてたまるか!」という心の声が隠されているように思えました。
家族の気持ちが弱り、冷静さを失うと、患者と家族の大切な時間が奪われ、看病どころではなくなる。だからこそ、まず自分を大切にする。そしてきちんと看病する。その強さと覚悟を、この女性に教えてもらったような気がしました。