犬の魅力を知りブリーダーに転身した元力士 1匹の犬との出会いがきっかけ

あの人~ネクストステージ

岡部 充代 岡部 充代

 元力士の転職先といえば、ちゃんこ鍋屋をはじめとする飲食店経営を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも、所属力士の数が600人を超える大相撲の世界。引退後の進路は様々です。中でも犬のブリーダーというのはかなり“変わり種”と言えるのではないでしょうか。

 

 守安年章さんは放駒部屋に所属していた元力士。1992年3月場所、「水野」の四股名で初土俵を踏み、翌93年3月場所から「魁松山」(かいしょうざん)に改名。2004年9月場所で自己最高位となる東幕下2枚目まで番付を上げましたが、残念ながら幕内昇進はかなわず。最後は四股名を「龍巍」(りゅうぎ)と改め、09年9月場所限りで引退しました。「プレッシャーに弱くて“稽古場相撲”だった(苦笑)」というのが、当時を振り返っての自己分析です。

 

 33歳で現役を引退し、車いすバスケットボールを支援するNPO団体に2年半、所属。その後、地元・岡山へ帰り、7年間マッサージ師として働いていましたが、1匹の犬との出会いがブリーダーへの転身のきっかけとなったと言います。

「引退直後からダックスフントを飼っていたんです。その子が賢くて、かわいくて、もう1頭ミックス犬を飼い始めました。で、3頭目は大型犬が欲しくなって、グレートピレニーズのオスを迎えたら、今度はその子の子孫を残したくなって。『協力するから自分でやってみたら?』と購入したブリーダーさんに言われて、メスを2頭迎えたんです」(守安氏)

 驚くべきは、その当時、賃貸マンションに住んでいたということ。ダックスフント、ミックス犬、グレートピレニーズ3頭の計5頭を飼えるマンションて…。「3頭だったとき何も迷惑をかけなかったので、あと2頭と言ってもオーナーさんがOKしてくれたんです」(守安氏)。なんて寛大な大家さんなのでしょう!ただ、本格的にブリーディングをするには広い場所が必要なため、17年に岡山・総社市に庭付きの家を建てました。準備を整え、犬の販売に必要な第一種動物取扱業の登録をしたのは18年2月のことです。

 

 今はグレートピレニーズの繁殖はやめ、ブルドッグ、ペキニーズ、ゴールデンレトリーバーの3犬種のブリーディングをしています。もともと短頭種に興味はなかったという守安さんですが、グレートピレニーズを購入したブリーダーのところで目にしたブルドッグのかわいさに引かれ、飼い始めるとその魅力にドハマリ。それまで目に入っていなかったペキニーズもかわいくなってきて、さらに、グレートピレニーズに代わる大型犬としてゴールデンレトリーバーの繁殖も始めました。

 

 ブリーダーとしての屋号は『RYUGI FAMILIES』。最後の四股名から取りました。これまでに巣立った犬は13頭。今年2月~3月にかけて複数の赤ちゃんが生まれており、これからどんどん“ファミリー”が増えそうです。

「犬種を増やすつもりはないですね。ブルドッグを主体にやっていくつもりです。ブルの良さは全身で来るところ。すべてぶつけてくるかわいさ。ぶつかり稽古しているみたいですよ(笑)。暑いときは一切動かないですけど、動きたくないときもそれを全身で表現する。ペキニーズは気の強さが魅力です。大型犬にも負けません。ゴールデンはなんと言っても扱いやすさですね。僕にとってはピレ、ブル、ぺキからのゴールデンだったので、なんて扱いやすいんだろうと(笑)。大型犬ですけど、一般の人にもかわいがってもらえるのが分かります。見た目も健康状態も自信を持ってオススメできる子を迎えてもらえるようにしていきたいですね」(守安氏)

 犬の話をしているとき、守安さんはとても穏やかな表情をしていました。勝負の世界で上り詰めるには優しすぎたのでしょうか。最後に、大相撲の世界にいたことをどう思っているのか聞いてみました。

「本当にいい経験をさせてもらったと思っています。何が正解か分からないけど、ずっと岡山にいたのとは確実に違う自分になれた。相撲界って、血縁関係とは関係なく“家族”とか“身内”っていう感覚なんですよね。飛躍しすぎかもしれませんが、その時代があったから、犬を“家族”と思えるのかもしれません。うちの子を迎えてくれる人には、やっぱり“家族”が増えたと思ってほしいですよね」(守安氏)

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