9年前の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故のため、発災直後から全町避難を余儀なくされた福島県双葉郡広野町。「復興五輪」を掲げて開かれる2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、聖火リレーの出発点になっている町だ。この人口約5千人の町で暮らす人たちの何気ない日常を描いたドキュメンタリー映画「春を告げる町」は、震災後の町や住民の姿を通じて、“復興”とは何かを静かに問い直す。
撮影は2017年から1年間
登場するのは、いわき市の仮設住宅で生活する広野町出身の住民らや、幼い娘たちを育てる若い家族、いち早く農業を再開した夫婦、廃炉作業に従事する県外の男性、伝統行事を復活させようと奔走する町役場の職員など、実に多彩な顔ぶれだ。震災で一度、故郷での暮らしが断ち切られた事実を受け止めつつ、それぞれの歩幅で前に進んでいる様子が、温かいタッチで描き出される。
撮影は2017年2月から1年間。島田隆一監督が2015年から広野中学の映像教育に携わっているのが縁で、制作が決まったという。
「依頼してくださった役場の方は『町の風景を撮ってもらいたい』くらいに思っていたようですが、それでは映画になりません。そこで、いわき市の仮設住宅が完全に閉鎖されるタイミングにお邪魔したり、広野町に寝泊まりしながら1F(いちエフ=福島第一原発)で働く廃炉作業従事者に密着したりと、いろんな人に会いに行きました」
「いちエフに関しては、ニュース以外のこのような映画でカメラが入ったのは初めてだと聞きました。残念ながら本編ではカットしましたが、宿舎の寝る部屋にも上がらせてもらったんですよ」
「復興とは何か」もがきながら考える高校生
特に見る人の胸を打つのは、地元の福島県立ふたば未来学園高校演劇部の青春模様だ。部員たちは「復興するとはどういうことか」をテーマに、互いに意見を戦わせながら脚本を練り上げ、稽古を重ねていくが、なかなか思うような作品には仕上がらない。それでも懸命に、自分たちなりの答えを探し、もがき続ける。
「彼らは自分たちで書いたプロットを集めて脚本を作るんですが、それがほぼ実体験なんです。極めてドキュメンタリーに近い作り方をしているので、ややもすると演劇というよりもノンフィクションみたいになる。撮っていてヒリヒリしましたね」
“復興”五輪をどう見るか
新型コロナウイルスの影響で、3月11日現在、東京オリンピック・パラリンピックが予定通り開催れきるかは不透明な状況になっている。そもそも、「復興五輪」を標榜するこの大会が、本当に“復興”に役立つかについては被災地でも否定的な意見が根強いという。だが、島田監督は「僕が被災地の思いを代弁できるわけではない」と慎重に言葉を選ぶ。
「オリンピックをやること自体についてどう思うかは、個人的にはもちろん複雑な気持ちもなくはないです。でも、広野町や被災地の現状を知ってもらうきっかけになるという意味では、この映画も、復興五輪も、プラスになればいいと思っています」
今年は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府主催の追悼式が中止に。報道も多くの時間、スペースが新型コロナウイルス関連に割かれている。だが島田監督は「報道量が減っているのは、今年に始まったことではない」と話す。
「この映画の撮影を始めた3年前の時点で、地元の人からそういうことは聞いていました。『テレビでもそんなにやらなくなったね』と。演劇部員たちの間で、震災を『もう他人事』と見るか『まだ他人事』と見るか、という議論が生まれたのも、そのへんにきっかけがあったのかなと感じます」
「9年経ってからの公開なので、もう震災や原発事故というキーワードだけで語るのではなく、その後ろにあるいろんな顔や暮らし、その人たちの思いと尊厳みたいなところにたどり着きたいと考えました。それが成功すれば、“ある被災地の物語”ではなくて、“ある地方都市の物語”として普遍性を持つんじゃないかと。見る人にとって、この映画がそうなってればいいなと願っています」
関西では、3月28日から大阪の第七藝術劇場、4月4日から京都シネマで公開。神戸の元町映画館でも上映予定。
■「春を告げる町」公式サイト https://hirono-movie.com/