ケンカ傷だらけだった強面ボス猫…「家猫修行」を経て、愛嬌あふれる姿に 専用インスタには幸せな日々

木村 遼 木村 遼

 2018年6月に私たち夫婦が兵庫・宝塚市内で代表を務めている動物愛護・福祉協会「60家」に「住宅地域に野良猫が居ついて困っている」と相談が入った。聞くと、密集した住宅地に野良猫が数匹いるという。この地域の住民の大多数は野良猫の存在を気にしていないそうだが、一部の住民からクレームが入ったのだ。

 野良猫をに餌を与える住民がいるが、糞尿の始末をしていない。クレームになるのも当然だ。おそらく避妊去勢手術も施しておらず、どんどん繁殖して野良猫が増えていくだろう。直ちに現場の確認へ向かい、聞き取り調査をすると「グレーの猫をよく見る」「ロシアンブルーみたいな猫がいる」と耳に入って来た。

 その後、餌やりの家が分かり、猫の出没を待っていると、家と家の狭い隙間からゆっくりとグレーの猫が歩いてくる。強面で目つきが悪く、顔にはケンカ傷。「ザ・ボス猫」という貫禄ある顔立ちだ。当然人に懐いておらず、人が去った後にこっそり餌を食べ、狭い道を帰って行った。

 子猫は保護し、成猫は避妊去勢手術を施した上で、地域の猫としてTNRをすることにした。ところが猫たちを無事に捕獲し、病院で手術の際にエイズ・白血病の検査をした結果、TNR予定のグレーのボス猫がエイズだということが分かった。まだ発症しておらずエイズキャリアである。

 エイズを発症すると、野良猫生活は過酷だ。ケンカをすることで、地域にいる他の猫たちに感染してしまう恐れもある。運よくシェルターに保護できるスペースがあったので、ボス猫を保護してがんばって慣らし、里親を探すことにした。

 トムと名付けれたボス猫の新しい生活が始まった。トムは強面でケンカ傷だらけ。低い姿勢で下からギラギラした目でこちらを見上げ、シャーシャーと言って威嚇をする。少しでも近づこうとすると、口を大きく開け空気砲を放ち、百裂パンチが飛んでくる。慣れない環境で怖がっているようだ。

 毎日オモチャやおやつを使って距離を縮めよう試みた。初めはオモチャに全く興味を示さず無視状態だったが、続けているとオモチャの先端を目で追うようになり、少しずつ遊ぼうとしてくれた。おやつも初めは遠い所から与え、徐々に距離を縮め、指で与えられるようになった。

 これを機に一気に距離が縮まり、翌年の春頃には人にスリスリと体を擦り付け、甘えるようになった。顔つきがとても優しくなり、ふっくらした表情は初めて会った時と見違えるほど変わった。体形も気付けばポッチャリボディになっていた。少し甘がみ癖があるが、ひざにも乗る。そこで里親募集を始めた。

 だが子猫が多いシーズンとエイズキャリアということで、なかなか声がかからなかった。ある日、シェルターに里親希望者さんが訪れた。この時は健康な子猫と大人猫がたくさんおり、猫達と触れ合ってもらった。

 ご家族が帰ろうとした時に、「もう一回トムに合わせてもらっていいですか?」と尋ねてきた。意外だった質問に喜びを感じ、もう一度触れ合ってもらった。そのご家族は、猫を迎える環境を整えるため「とりあえず準備を進めていきます」とのことで、この日はトライアル(譲渡のお試し期間)の話にはならず帰って行った。

 翌週に譲渡会があり、ここにトムは初めて参加した。すごく緊張し、ゲージの端で大きな体を縮こめて固まっている。ケージに布を被せて落ち着かせようとしたところに、先日シェルターを訪れたご家族が姿を見せた。60家のSNSでトムが譲渡会に参加することを知って来てくれたのだ。

 トムを見て「やっぱりかわいい!フォルムがたまらない!」と言って、トライアルの申し込みをしてくれた。このご家族は猫飼育が初めて。ポッチャリ体形がたまらなかったという。エイズキャリアということを理解してくださり、トライアルを始めることになった。

 エイズは発症すると免疫が低下し、腫瘍や口内炎、貧血、下痢や食欲不振など症状が出て、症状が進行すると最終的には亡くなってしまう。しかし免疫力アップやストレスを軽減させることで、エイズを発症せずに寿命を全うできる子もたくさんいる。

 トムはトライアルへ行き、その後無事正式譲渡となった。優しい家族に愛され、強面がウソのように愛嬌をふりまいている。里親さんはトムを家族に迎え入れたことをきっかけに、トム専用のインスタグラムを開設。おもしろ写真は笑える写真ばかり。トムの日々を投稿しては悦に入っているという。

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