戦後にロックと日本の歌謡曲が融合し、独自の発展を遂げた歌の系譜を「ロッキン歌謡」と名付け、その歴史を語る上で欠かせない名曲を集めたコンピレーションアルバム「ロッキン歌謡大全」が発売された。エルビス・プレスリーのカバーから、美空ひばりが歌うツイスト、幻のレア盤まで全29曲。選曲と監修を担当した京都在住のミュージシャン、バンヒロシ(61)は「令和を迎えた今だからこそ、語り継ぎたい名曲ばかり」と語る。
「今回これを発掘できたのが一番うれしい」とバンが挙げる1曲が、「土曜の夜のツイスト」(1962年)。歌うのは小野透と花房錦一。この2人、実はあの美空ひばりの弟。のちに小野は「かとう哲也」、花房は「香山武彦」を名乗る。フランスのプレスリーと言われたジョニー・アリディーの歌の日本語版だ。
美空一家と暴力団のつながりもあって「幻盤」となっていたというが、「わずか1年ほどで終わったツイストブームを語る上で外すことができない1曲」。日本コロムビアにマスターテープが残っていた。
小野透は、バンも「十代はゴールデン・タイム」をカバーしたことがある思い入れの強い歌い手。小野の主演映画「殴りつける十代」の主題歌であり「十代―」のB面に収録された「青春をぶちかませろ」も今回収められている。
日本では短命に終わったツイストブーム。「その火付け役はほかでもない、大スター小林旭なんです」。バンによると、小林は62年2月、世界デビューを念頭に置いた視察で米国を訪れ、そこでツイストの流行を知る。そして、帰国間もない4月に「アキラでツイスト」というアルバムを発表。同月には、恋人の美空が「ひばりのツイスト」、6月には弟の小野と花房が「土曜―」をリリースする。そして10月、小林と美空は結婚する。「この『芸能家族』を発信源に日本のツイストブームが起きた」
もちろん、美空が歌う「ひばりのツイスト」も15曲目に連ねた。間奏では「私のハートはバラバラよ~」と美空が叫ぶ。「恐らく小林旭が本場仕込みのシャウトを教えたと思うんです。今からみればちょっと不思議な直訳風の日本語が、ドライブ感あふれる演奏とともにイカしてる」
収録曲は、全て日本コロムビアのレコードから選んだ。曲順は基本的に年代を追って並べた。はやりのロカビリーを三味線と絡めた五月みどりのデビュー曲「お座敷ロック」(58年)や、コメディータッチの清野太郎「ロックを踊る宇宙人」(同)のようにロックをちゃかしたような路線を経て、60年代になると、荒削りながらロックのワイルドさを前面に出す傾向が出てくるという。
「輸入されたロックが芸能界と混ざり合い、時に脱線、時に洗練されながら独自の進化を遂げたロッキン歌謡は日本の財産。内田裕也やジャニー喜多川の死去で日本の芸能史が新たな段階を迎えようとしている今、埋もれていた歌を再発見することで新たな時代が見えてくるのでは」
ちなみにバンがこのアルバムの選曲と監修を手掛けることになったきっかけは、偶然の出会いだった。
昨年秋。新京極公園(中京区)で開かれた昭和の遊びを再現する催しに招かれ、バンが自ら選曲した「昭和歌謡」を会場で流していた。そこに、東京から出張で京都に来ていた日本コロムビアの幹部が偶然訪れた。「君、いいセンスしてるね」。そう話しかけられ名刺をもらった。後日、日本コロムビアのディレクターから連絡があり、今回の企画話を持ち掛けられたという。コロムビアは、バンが若い頃、同社のバンドオーディションに応募し、2位で落選した苦い思い出があった。「還暦を過ぎて、あこがれの会社からアルバムを出すことができるなんて思わなかった」。昭和のスター誕生物語のような「奇跡」は令和にもあった。「ロッキン歌謡大全」は3080円。