何もない日を「いい日だった」と言い張る男 業界注目スズキナオさんが初の単著

黒川 裕生 黒川 裕生

大阪在住のフリーライター、スズキナオさんによる初の単著「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」がスタンド・ブックスから発売された。ナオさんは東京に住んでいた20代の頃から、会社勤めの傍らライターとしての活動を開始。カップヌードルの具を数えたり、缶入りコーンスープのコーンの粒を数えたり、携帯電話のカレンダー機能が何年先まであるのかを調べたりと、どうでもいい(けど大切な)ことに目を向けた、誰にも書けない文章の書き手として熱い注目を集めてきた。本書は、そんなナオさんが各種ウェブ媒体などに発表してきた珠玉の記事を集めた1冊。「何もない日でも『今日はいい日だった』と言い張る、要するにそんな本です」

ナオさんは1979年、東京出身。「デイリーポータルZ」や「メシ通」などのウェブサイトを中心に執筆しているほか、テクノバンド「チミドロ」のメンバーとしても活動。現在は大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報も務めている。

「深夜高速バスに―」には、2012年以降に発表してきた選り抜き29本を収録。テーマも初出媒体も執筆時期もバラバラだが、内容によって「人」「店」「旅」「調査」「酒」「散策」と大きく6章に分けてまとめている。「目的地まで移動してる時というのは、人間にとって一番の許された時間じゃないか―『旅』」「私が知らなかったこの町は、こうしていつもここにあった。私がいなかっただけだったのだ―『散策』」など、各章のタイトルには、記事に出てくる印象的な一節をそのまま採用。「深いことを言っているように思われるかもしれませんが、『なんとなく深そう』なだけ。中身はありません」とナオさんは身も蓋もないことを言う。

ナオさんの文章の特長は、常に「目立つもの、人気のもの」の逆を行く、というより目もくれないその着眼点の妙だ。本書の中でも特にすごいのは、「銭湯の鏡に広告を出した話」。銭湯の鏡専門広告会社(!)に発注し、現物が出来上がるまでに密着した記事なのだが、題材の珍しさや登場する人たちの味わい深さも相まって、今年2月にデイリーポータルZで公開されるや「素晴らしい記事!」「銭湯の鏡に広告を出しただけでこんな豊かな情景が広がってるなんて」などと大反響を巻き起こした。

https://dailyportalz.jp/kiji/sento-kagami-kokoku

他にも「瀬戸内の海小屋で漁&自炊『四つ手網』体験記」も、「えっ、岡山にそんな文化が」と驚愕必至。神戸・湊川にあるミナエンタウンを取材した「あなたの知らない『昼スナック』の世界」、折りたたみ式チェアを置いて屋外で飲むスタイルを提唱する「見慣れた風景が違って見える『チェアリング』の楽しみ」、ナオさんが父親と飲むだけの「店選びを自分の父親に完全に任せるハシゴ酒」など、ナオさんの目を通して世界の見え方が少し変わる(かもしれない)1冊に仕上がっている。

ちなみに本のタイトルにもなっている「東京―大阪、深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」は、ナオさんが東京と大阪を頻繁に往復しながら体験した出来事を淡々と綴った文章。最安値の徹底比較に始まり、眠れないときの過ごし方、隣席との間を隔てるカーテンを巡る考察、バス会社ごとに異なる「眠り」に対する配慮などをつらつらと書いていて、本当にただそれだけなのに、とにかく読ませる。「どんな個性的な隣客でも、バスを降りた瞬間、挨拶もせず朝の都会に放り出されて散り散りになっていく。さっきまで隣にいた人がまったく関係ない人になって消えていくその瞬間がいつも不思議だ」という「なんとなく深そう」なくだりにも思わずグッときてしまう。

今回の書籍化について、ナオさんは「ネット用に書いた自分の文章なんて読み返す価値もないと思っていたので、こうして『残る形』になったのは嬉しい驚きです。でも本にするための加筆修正作業は、自分の若さや軽薄さとひたすら向き合う作業だったので、本当に苦痛でした」と話す。

「基本的に派手なことは何も起きていません。でも、誰にも追い抜かれない自分だけのテーマで書けたという気持ちもあります。できれば好意的に読んでいただけるとありがたいです」

税別1720円。全国の書店で発売中。

■スタンド・ブックス http://stand-books.com/sinya100kai/

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