「死」について考えさせられたある犬の行動

元おくりびとコラム

酒井 たえこ 酒井 たえこ
湯灌はの仕事はわたしたちが失いつつある家族へのやさしさ、思いやりを教えてくれる(マツ/stock.adobe.com)
湯灌はの仕事はわたしたちが失いつつある家族へのやさしさ、思いやりを教えてくれる(マツ/stock.adobe.com)

喪主の話では、おばあさんがとても可愛がっていた犬で、普段は大人しいのに、今日は妙にソワソワしているとのこと。おばあさんの側にいさせてほしいと頼まれたので、犬に付き添われるような状態で、わたしは湯灌の作業を続けていました。その犬はとても大人しく、じっと行儀よく湯灌の様子を見つめていました。

湯灌も終わり、おばあさんを葬儀会場に搬送するため搬送車にお棺を運ぼうとしたとき、大人しかったその犬が突然吠え始めました。喪主は驚き「やめなさい!」となだめました。でも犬は吠え続けるのです。おばあさんが入ったお棺に向かって、いつまでもいつまでも、まるで泣いているかのように。

なぜわたしがこの光景を覚えていたかというと、毎日のようにニュースで親が子供を手にかける事件が報じられるのを見て、「死」を軽視する世の中になったのではないかと危機感を募らせていたからです。犬であっても自分を大切にしてくれていた人の死を悲しむのに、家族でお互いを傷つけ合う人間はなんて愚かなのだと深く考えさせられたからです。

わたしたちが失いつつある「死」を通して家族へのやさしさ、思いやりを、湯灌は教えてくれます。犬の一件はまさにそう。小さな白い犬が、わたしに家族の尊さを教えてくれたと思っています。あの犬がその後どうなったか今でも思い出しますが、きっとおばあさんが可愛がっていたように、残された娘さんが幸せにしてあげていると思っています。

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