「銀ブラ」のルーツに諸説あり ブラブラ散歩?ブラジルコーヒー?

明治の文豪たちも通った由緒ある喫茶店「銀座カフェーパウリスタ」
明治の文豪たちも通った由緒ある喫茶店「銀座カフェーパウリスタ」

 遡ると徳川幕府が開かれるまでは海だったという。城下町を造るために埋め立てられ、職人が住むようになったのがこの地の起源。そもそも「銀座」は銀貨鋳造所のことで、地名として銀座を名乗ったのは明治2年から。とはいえ、当時から日本の中心地であることは変わらない。

 「銀座カフェーパウリスタ」には、先述した芥川竜之介の他、名だたる文豪である菊池寛、森鴎外、平塚雷鳥、大杉栄、一世を風靡したビートルズのジョン・レノンなど、そうそうたる顔ぶれが通った。一流の街・銀座の中でも、誰もが一目置く由緒ある喫茶店だ。芥川龍之介は昭和2年に自宅で自殺しているが、その遺稿の中に同店の壁にはめられた鏡が登場してることはあまり知られていない。

 「銀ブラ」は関東大震災以後に始まったという説も根強い。当時の最先端を行く若者たち「モボ(モダンボーイ)」・「モガ(モダンガール)」などハイカラな人たちは、銀座の歩道を歩いたり、店を冷やかしたり、喫茶店に入って教養の高い話をした。これらが中産階級を自負する人たちの行動パターンとなり、言葉としても浸透したという。

 矢澤さんは「発端の一翼を担ったと軽く主張させていただいてますが、“銀ブラ”は銀座の共有財産です」と言う。若者にとっては“死語”に近い「銀ブラ」という言葉。話題となって生き残っていくためには、起源に諸説あることはプラスに働くかもしれない。

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