血縁だけが「本当」の家族か 共同保育で育った青年のドキュメンタリー映画

黒川 裕生 黒川 裕生
 「沈没家族 劇場版」から。手前の一番左が加納穂子さんと土さん(c)おじゃりやれフィルム
 「沈没家族 劇場版」から。手前の一番左が加納穂子さんと土さん(c)おじゃりやれフィルム

 映画制作のきっかけは、土さんの二十歳の誕生日に、沈没家族のメンバーだった人たちの「同窓会」が開かれたことだった。30人ほどが顔をそろえ、十数年ぶりに会う土さんの姿を見て泣き出す人もいたという。

 「顔も名前も思い出せないような人が、『一緒に怪獣ごっこをした』『土がパンツを穿きたがらないので困った』と幼い頃の僕の話を楽しそうにしているのが不思議だった。この人たちのことをもう一度ちゃんと知りたい、と思った」

 折しも、大学でドキュメンタリーを学んでいた土さんは、ゼミの卒業制作で沈没家族を題材にすることに。カメラを手に、改めて穂子さんや保育人、さらには、一緒には暮らせなかった父「山くん」を訪ね、当時の思い出を掘り起こしていった。

 今も独身なのに「なんかもう子育てをしたという感覚、謎の達成感がある」と語る男性。「この環境で育って将来どうなるかという不安はなかったのか」と問われて「不安はないよ。逆に楽しみだったよ」と答える穂子さん。穂子さんと同じシングルマザーとして共に暮らした女性は「面白かったんだよね。すごい希望があった」と懐かしんだ。制作を通じて土さんは 「あそこで暮らした日々は、楽しい時間、幸せな経験としてみんなの中に残っている」と感じたという。

 とはいえ、やはり「普通」の家族とは少し違う。家に出入りしていたのも、今にして思えば「結婚できない」「就職できない」「暇を持て余した」「面白いこと好きな」人が多かった。「当時はテレビでも何度か取り上げられたけど、今放送されたら『子供に悪影響があるのでは』とネットで炎上してしまうかもしれない」と土さんは感じる。「でもそうやって眉をひそめる人たちには、こう言ってやりたい。『僕がその答えです』と」。ちなみに今の土さんは、よく食べ、よく笑う「普通」の青年である。

 「育った環境が少し変でも、普通に育つ子は普通に育つ。僕が人に比べて健全だったり、逆に性格がねじ曲がっていたりすることはありません。たまたま穂子さんの子として生まれ、面白い家族の中で育ててもらった。そのことに感謝したい。それだけです」

 完成した作品は映画祭などで注目され、再編集した上で「劇場版」として全国公開されることになった。土さんは「家族の話って、友人同士でも踏み込みにくい部分があるけど、もっと気軽に考えてもいいのではないかと思う。この映画がそのきっかけになってくれれば嬉しい」と話している。

 大阪・十三の第七藝術劇場で5月18日から。神戸の元町映画館、京都の出町座では初夏に公開予定。

■「沈没家族 劇場版」http://chinbotsu.com/

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