しかし、その帰り道、あの大きなイノシシが再び現れました。道を塞いでこちらを睨んでいます。危険を感じたお父さんはパイクの綱を引っ張り、叫びました。「パイク、逃げるぞ!」
でも、パイクは綱を振りほどいて、突進してきたイノシシに飛び掛かったと言います。自分よりもずっと、ずっと大きなイノシシに。パイクとイノシシはもみ合うように、崖を滑り落ちていきました。
命からがら家に逃げ帰ったお父さんは、川端さんを連れてもう一度、山へ行きました。パイクを探すためです。でも、崖の下まで降りてみても、パイクは見つかりませんでした。
パイクは雑種でしたが、真っ白い毛に覆われていて、紀州犬の血が入っていると言われていました。「紀州犬は昔、紀伊山地でイノシシ狩りに使われていたそうです」(川端さん)。
弱虫になったと家族に心配されていたパイク。でも、弱虫なんかじゃありませんでした。命懸けで飼い主を守った、とても勇敢な犬です。
川端さんの心の中にはずっとパイクがいます。私用のメールアドレスには“paiku”の文字。仕事用のアドレスにはポルトガル語で白いオオカミを意味する“lobobranco”と入っています。そして、今年2月にオープンしたお店の名前は『パイクとそら』。
「パイクにすがっているわけじゃないんです。ただただ一緒にいたい、いるんだよという気持ちですね」
イノシシと闘ったパイクが、その後どうなったのかは分かりません。でも今はきっと、空の上から川端さんのお店を見守る番犬になっていることでしょう。