保健所に収容された野犬の中には、“ハンガーストライキ”をする犬も多いと言います。ヴァンくんもそうでした。2021年6月に保健所に収容されると、水もごはんも拒否。日に日に痩せていき、ストレスからか血尿、血便、水下痢が続いたため、岡山市を拠点に犬猫の保護・譲渡活動を行う『一般社団法人ALL AS ONE(オール アズ ワン)』が危険と判断して引き出しました。
「ヴァンは野犬の中でリーダー的な存在だったようです。保健所では鳴き声を聞いたことがなかったのですが、引き出して保護ハウスに向かっている途中、大きな声で何度も叫びました。ヴァンがいたエリアに近い場所で、まるで残してきた仲間たちに、自分は生きている!みんながんばれ!とエールを送っているようで…ヴァンを幸せにすると心に誓いました」(ALL AS ONE代表・田村江里子さん)
病院では重度の脱水と膀胱炎、肝機能の悪化などが指摘され、推定年齢11歳ということもあり心配されましたが、適切な治療を受けて1か月ほどで元気になったヴァンくん。秋になる頃には少しずつ人や犬たちとの生活にも慣れてきて、手からおやつを食べたり、ドッグランに出てリードを着けたお散歩練習ができるまでになりました。
ただ、決して人懐っこいとは言い難く、なかなか家族は見つからず…。声が掛かったのは、施設に来て1年半近く経った頃でした。ヴァンくんを家族にと手を挙げてくれたのは、岡山県内の自然豊かな環境に暮らすご夫婦。奥様の杉本圭子さんは、生き物(命)との共生をテーマに、大地の再生や自伐型林業の推進といった活動をしている『もりとくらしOKAYAMA』の代表を務めています。
ヴァンくんを迎えようと思った理由は?
「あまり愛想がなく、みんなが『かわいい、かわいい』と言うような見た目でもない(苦笑)。そういう子を引き取りたいと思ったんです」(杉本さん)
施設に何度も通い、「車=病院」という負のイメージを持っていたヴァンくんと車で遠出。車に乗れば公園にお散歩に行けるというプラスのイメージに“上書き”をして、徐々に距離を縮めていきました。そして、杉本夫妻の手からもおやつを食べたり、一緒に走ったりできるようになってから正式譲渡。晴れて家族となりました。
「絶対に噛まないし、吠えもしない。私にとってはやりやすい子でした。元野犬で脱走の心配もあり、責任が持てないと積極的ではなかった主人も了解してくれ、今ではすごくかわいがってくれています」(杉本さん)
無防備に甘え「なでて」と言えるように
施設では落ち着いていたヴァンくんですが、杉本家に来るとまた警戒心が出てきました。最初の1か月はごはんをまともに食べなかったとか。
「ジャーキーとかおやつは食べるんだけど、ごはんを食べない。同居犬のヨークシャーテリアのことも嫌だったようで、ずっと台所の片隅でうずくまっていました。うちに連れて来たことが申し訳ないような感じで…」(杉本さん)
それでも杉本さんは心配し過ぎるのは良くないと、毅然とした態度で接することを心掛けました。外が好きなヴァンくんとの散歩は欠かさず、少しずつ信頼関係を築いていったのです。
「心配したり一喜一憂するエネルギーって良くないですよね。信頼に繋がらない。ヴァンにとって私たちは安心できる存在ではなかったのだと思います。触っても怒らないけど、自分から近づいてくることはなくて…。それがだんだん『そんなに言うなら食べてやろうか』みたいになって(笑)、家の中をウロウロしたり、無防備に寝るようになったり。YouTubeで勉強して、こちらがリーダーシップを取る散歩に切り替えたのが良かったと思っています。今ではたくさんごはんを食べてくれますし、2年目ぐらいから追いかけっこをして遊ぶようになったり、最近は散歩の途中にゴロンとお腹を見せて、『なでて』って。なでると悶えるようにして喜んでくれます」(杉本さん)
ヴァンくんにとっては最上級の甘えの表現です。