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「その財産は『家』に返すのが筋」99歳女性が残した1億円近い預金 相続人ではない夫側の甥が語った『家』の論理と「意識・価値観」

山下 静香 山下 静香

「その財産は、一族の土地や収益アパートがあったから築けたもの。ならば、“家”に返してもらうのが筋ではないか」。夫に先立たれ、子どものいなかった女性が亡くなり、あなたがその財産を相続する立場だったとして、夫側の親族からそんな話を持ちかけられたら、どう考えるでしょうか。女性は若いころから定年まで働き、質素な生活を続け、夫婦で1億円近い預金を築いていました。

子どもがいない資産家が亡くなった

親族関係は十人十色です。いろいろな関係、いろいろな形があります。

私たちの司法書士事務所が後見をしていた千代子さん(仮名)が、99歳で亡くなりました。

千代子さんは30年前、夫の正次さん(仮名)に先立たれ、子どもはいません。当時の女性には珍しく、千代子さんは仕事を持っており、若いころから定年までずっと働いていました。お金で困ることはなかったのですが、それまでも質素で堅実な生活を続けており、夫婦で築いた預金は1億円近くになっていました。

正次さんの一族は地主です。正次さんは兄弟とともに、親から相続した不動産を共有していました。その共有土地の上に、正次さん名義の収益アパートの建物を所有しました。正次さんの一族は「家」の価値観が強く、親から受け継いだ土地を「〇〇家伝来の土地」として、大切に扱っていました。

正次さんが30年前に亡くなったとき、千代子さんがその土地持分と土地上の収益アパートを共有者として相続することになりました。千代子さんは婚家の意を汲み、その土地持分と収益アパートについては、正次さんの兄弟の子どもである甥の浩一さん(51歳・仮名)に渡す、という内容の遺言を書いていました。

そして、千代子さんは亡くなりました。千代子さんが遺言書に記載していた土地は遺言書の内容通り、浩一さんに遺贈されることになります。

千代子さんには実の妹の文江さん(97歳・仮名)がおり、他の財産については文江さんが相続人となります。文江さんは千代子さんと仲が良く、これまで姉のことを心配し、何かと千代子さんの身の周りの世話をしてきた人でした。

千代子さんの遺産のうち、不動産には、遺贈の対象となった土地のほか、千代子さんと正次さんが居住していた自宅マンションもありました。また預金も残っています。これらはすべて、文江さんが相続することになります。

文江さんは高齢ですが、やはり仕事を長く続けており、仕事関係で人とのつながりを持ち、認知機能も年齢なりではあるものの、そこまで弱っていません。

正当な相続人はいるけれど…財産は婚家が受け継ぐべきなのか

遺贈された義理の甥の浩一さんから、私たちに連絡がありました。

それは「千代子さん所有の土地について名寄帳がほしい」というもの。名寄帳とは、千代子さんがその自治体内で所有する全ての不動産の固定資産評価額が記載されたものです。ですので、遺贈の対象とならない不動産も記載されています。相続人である文江さんからの委任がないと、取得することはできない書類です。

遺贈の対象となる土地以外のものも記載されているので、とやんわりお伝えしたのですが、先方の浩一さんから、同様にやんわりと、このようなことを言われました。

千代子さんが今まで多くの資産を築けたのは、千代子さんの婚家である〇〇家の不動産・収益アパートがあったからこそである。そうであれば、千代子さんがそうやって暮らしてこられたのは、千代子さんの婚家である〇〇家の財産のおかげなのだから、〇〇家に、築いた財産を全て返すのが筋ではないか。

一方、相続人の文江さんは、千代子さんとは仲が良く、身の周りの世話もしてきたかもしれないが、だからといってこれまで千代子さんの資産形成に寄与してきたわけでない。

法的に、義理の甥である自分が相続人でないことは分かっているが、これまでの千代子さんの資産がどうやって形成されたか経緯を考えるのなら、〇〇家を代表する立場である私が、その財産を受け継ぐのが当然ではないか。

だから、文江さんと話をして、文江さんが千代子さんから相続した財産は、〇〇家の代表と自負している自分に譲ってもらおうと考えている。

そう話す浩一さんの口調は自然で悪気がなく、自身のことを「〇〇家の、散逸した財産を回収してまとめる役割」と捉えているのが分かりました。

世の中には、さまざまな価値観があります。浩一さんの考え方・価値観もあるのでしょうし、浩一さんには〇〇家を受け継がなければならない、という使命感やプレッシャーがあるのかもしれません。

「受け継ぐ」という内容として、具体的に何を指すかはっきり分かりませんが、おっしゃることを聞くかぎり、その中の一つには「財産を分散させない」ということはあるようです。

しかし一方、千代子さんは特別、正次さんの一族から援助を受けることもなく、自分で働き、質素な生活を続けて、自分と正次さんで多大な資産を形成しました。

収益アパートといっても昭和中期に建築され、戸数も少ないものです。かなり古く、家賃も安く、現在では賃借人も1人しかいません。老朽化による取り壊しを、婚家から勧められていたほどのものです。

千代子さんの資産は、「家」のもの?

千代子さんが所有する資産は、誰によって形成されたことになるのでしょうか。千代子さんが働いて貯蓄した預金は、千代子さんの死後、誰のものになるのでしょうか。千代子さんの働きは、誰によってどう評価されるのでしょうか。子どもがいなければ、それも婚家である〇〇家のものになるのでしょうか。

〇〇家の血を引く、というのなら、浩一さん以外にも他の甥姪もいます。この人たちの中から、甥の浩一さんが〇〇家の代表として総意で選出されたのでしょうか。

文江さんには財産が多くあるわけではありませんが、高齢の自分ひとりなら暮らしていけるくらいの蓄えはあります。姉の財産を当てにしていたわけでもなく、執着があるわけでもありません。

ただ、文江さんには、亡くなった文江さんの夫の悲願を達成してあげたいという思いが長年ありました。相続した今、その財産を使えばその悲願を実現できる、という状態にあります。

浩一さんの考えを伝えると、文江さんは少し間をおいて、静かに「考えます」とおっしゃいました。

この話がどう決着するかは、まだ分かりません。

「家」とは何なのか。「家」はどこまで続いていくのか。「家」の代表は誰なのか。

もし「相続人」という定義だけであれば、法律では相続人の範囲は明確であり、解決できることになっています。

でも実際には、法律の枠組だけをもって説明できないような、人それぞれの「意識・価値観」というものが確かに存在している。そんなことを認識した出来事でした。

◇山下静香(やました・しずか)関西第一司法書士事務所所属。事務職兼社会福祉士。
相続、成年後見、不動産登記などの実務に携わる一方、高齢者支援や福祉分野にも従事。 法律と生活、双方の領域にまたがる現場経験をもとに、「制度の中で実際に起きていること」をテーマに執筆している。 相続や介護、家族をめぐる身近な問題について、分かりやすく伝えることを目指している。

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