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一人前の寿司職人になるには10年 業界の常識を塗り替える「鮨アカデミー」 異業種の社長が語る「最初に握る楽しさを知ってほしい」「寿司職人への入り口を広げたい」

鈴木 博之 鈴木 博之

「寿司職人になるには10年かかる」。そんな業界の常識を覆すようなスクールが東京・新宿にあります。運営するのは、高級寿司店「かきだ鮨」を展開する株式会社ユニポテンシャル。大胆なキャッチコピーですが、話を聞くと「修業は不要」と言いたいわけではありませんでした。そこには、寿司職人という仕事への深いリスペクトと、「入り口」を変えたいという発想がありました。

「一番楽しいところ」を最初に教える

「鮨アカデミー」が開かれているのは、新宿・小田急ホテルセンチュリーサザンタワー19階にある「有楽町かきだ」の厨房です。いわゆるインバウンド向けの寿司体験とは異なり、実際の営業中の店舗の厨房で寿司職人が直接指導します。

「鮨アカデミー」は、2026年春にカリキュラムをリニューアルし、現在は「握り」に特化。魚をさばくことも、シャリを炊くことも教えません。ひたすら寿司を握り続け、その練習回数は200~300回になると言います。シャリは13グラムを基準に、握っては崩す練習を繰り返し、手の感覚で重さを覚えていきます。ネタには繰り返し使えるようにイカを使用します。

「2時間で握れるようになります。しかし、寿司は突き詰めれば奥が深い。よりきれいに、より速く、空気を含ませて握れるようになるには練習が必要です。ただ、うちの店で握る職人が作った寿司と、アカデミー受講生で試験合格者の握った寿司を並べても、多くの人は見分けがつかないと思います」。代表でもある大将の蛎田一博さんはそう説明します。

受講時間は1コマ120分、定員4人の少人数制。最短1日で修了でき、受講後2カ月間は最大10回まで再受講できます。初回はシャリの扱い方や基本の握り方を学び、その後は握りの反復練習と希望者向けの実技試験を繰り返します。

受講料は2万2000円(税込)で、25歳未満は半額の1万1000円。初回受講者には中トロや赤身などが入った寿司セット(10貫3000円)が付き、自宅でも復習できます。さらに受講者は大トロやウニ入り(10貫4000円)のセットも追加購入可能です。

最大の特徴は、学んで終わりではないことです。90秒以内に10貫を美しく握る実技試験に合格すると、同店が手掛ける出張寿司やマグロ解体ショーで実際に寿司を握る機会が用意されています。

これまで100人以上が受講し、受講者の約8割が男性で、年齢層は25歳未満と40歳以上が全体の約9割を占めます。若い世代は副業や飲食業への興味から、中高年は趣味やセカンドキャリアとして受講するケースが多いそうです。

 

修業は否定しない。「握る」のは最後だから

一方で、蛎田さんは「寿司職人になるには10年」という考え方を真っ向から否定しているわけではありません。「修業はものすごく必要です」と言い切ります。

寿司職人の仕事は、掃除や皿洗いから始まり、魚を仕込み、さばき、季節や脂の乗り具合に合わせて味を調整し、客との会話まで含めて初めて成り立ちます。

「寿司職人の修行では、最後に握りを任されます。一番楽しい『握る』が最後なんです。だから途中で辞めてしまう人もいると思うんです」。

蛎田さんはそこで発想を逆転させました。まずは誰もが憧れる「握る楽しさ」を知ってもらうことでした。寿司が好きになれば、魚をさばいてみたい、もっと学びたいという人も出てくるかもしれないと考えたのです。そのため、鮨アカデミーは、一人前の寿司職人を育成する場ではなく、「寿司職人への入り口」を広げるための場だと蛎田さんは言います。

本業は転職支援で寿司店誕生のきっかけは趣味の釣り

同社の主な業務は転職支援サービスです。蛎田さんは新卒で証券会社へ入社後、リクルートキャリアへ転職し、25歳で起業。現在も人材紹介事業をなりわいとしています。

同社ではケーキを食べながら話す「デザート面談」、朝食を食べながらの「朝定面談」、仕事帰りに一杯飲みながら相談する「ハッピーアワー面談」など、型にはまらない面談スタイルでも知られています。寿司店を始めたきっかけも少し変わっています。

コロナ禍で仕事が減ったことで毎日のように釣りへ出掛け、釣った魚を海鮮丼にして社員に振る舞っていました。最初は好評だったものの毎日生魚は食べられません。社員が海鮮丼に飽き始めた頃、まかないの海鮮丼の写真がネットで話題を呼び、食べてみたいとの声が続出。もう社員も食べてくれないし、「それなら海鮮丼屋をやろう」と有楽町で開業すると超予約困難店に。

その後1週間で海鮮丼を作るのにも飽きてしまい、次に始めたのが握り寿司でした。寿司はYouTubeを見たり、高級寿司店に聞いたりして独学したと言います。現在も週3~4回、高級寿司店を食べ歩いていて、仲良くなった大将から寿司についていろいろ教わっているそうです。「物理的に僕より高級寿司を食べている人はほとんどいないと思います」と語ります。

数多くの名店を巡る中で感じたのが、「修業でしか身につかないこと」と「最初から楽しめること」は分けて考えられるということでした。

寿司文化の入口を広げる挑戦は海外や高校生にも

現在、かきだ鮨は都内4店舗、京都に2店舗を展開していますが、蛎田さんは「国内は今くらいで十分。これからは海外です」と話します。世界的な寿司人気が高まる中、海外で鮨アカデミーを展開し、現地で寿司文化を広げていく構想も描いています。

店舗運営でも挑戦を続けています。新宿・小田急ホテルセンチュリーサザンタワー19階にある「有楽町かきだ」では、ワンドリンクオーダー制ながら、1万2000円から「鮨おかわり無料・最強おまかせコース」を提供。高級寿司を「お腹いっぱい楽しめる」という独自のスタイルを打ち出しています。

さらに2026年夏には、正則学園高等学校と連携した「高校生鮨職人チャレンジ」を実施。学校公認のアルバイトとして高校生が約1週間、実際の店舗でホール業務や鮨場を経験し、外国人客への接客や寿司の握りを学びます。最終日には保護者に自ら握った寿司を振る舞う成果発表をして、鮨アカデミーで培った指導ノウハウを次世代育成にも生かしています。「修業は必要。でも、寿司を握る楽しさはもっと気軽に知ってほしい」と、蛎田さんは語ります。その挑戦は鮨アカデミーだけでなく、高校生のキャリア教育、そして海外へも広がろうとしています。

▽かきだ鮨アカデミー

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