近年、ライフスタイルの多様化に伴い、法律上の婚姻届を出さない「事実婚」という生き方が、メディアなどでも広く紹介されるようになってきています。しかし、どれほど長く夫婦同然に仲良く暮らし、献身的に支え合ってきたとしても、法律上の配偶者ではないことで直面するリスクへの理解は十分とはいえません。
特に深刻なのが、パートナーが遺言書を遺さないまま亡くなってしまった場合の遺産相続トラブルです。たとえば事実婚のパートナーが亡くなった場合、相続権は発生するのでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。
長年連れ添ってもゼロ!
――長年連れ添った事実婚の配偶者に、法定相続権はありますか?
どれだけ長年連れ添い、実質的な夫婦として生活していたとしても、法律上の婚姻関係にない事実婚(内縁)の配偶者には、日本の法律上、相続権が一切認められていません。
法律上の配偶者であれば常に相続人として遺産を受け取れますが、事実婚の場合は法律上「ただの他人」として扱われます。そのため、長年生活を支えたり介護を行ったりした内助の功があっても、自ら遺産を要求する権利すら発生しないのが現実です。
――遺言書がない場合、遺産はすべて疎遠だった親族のものになってしまうのでしょうか?
遺言書がない場合、亡くなった方の遺産はすべて「法定相続人」だけに受け継がれるのが原則です。遺産分割協議成立前に相続分の譲渡取引が行われることもありますが、相続人以外の譲渡には税務上の問題が生じます。
前妻との間に実子がいるケースでは、その実子が法定相続人となります。たとえ過去30年間まったく交流がなく音信不通だったとしても、血縁関係がある以上、法律上の権利が優先されます。
生前にどれほど口頭で「この家を渡す」と約束していたとしても、法的形式を満たした遺言書がなければ、口約束だけで権利を主張することは困難です。
――自宅の所有権を失った事実婚の妻は、家を出ていかなければならないのでしょうか?
自宅が亡くなった夫の単独名義であった場合、所有権は相続人である実子へ引き継がれるため、原則として退去を求められれば出ていかなければならない厳しい立場に置かれます。
法律上の夫婦であれば「配偶者居住権」などの制度で住み続ける権利が保護されますが、これらは事実婚の配偶者には適用されません。使用貸借(無償での貸借)関係ととらえたうえで、権利の濫用として一時的に立ち退きを拒絶できるケースもありますが、法的なハードルが高く、住まいを失うリスクは依然として大きいといえます。
――事実婚のパートナーに確実に遺産や住まいを遺すためには、どのような対策が必要ですか?
もっとも有効な対策は、生前に「遺言書」を作成しておくことです。特に改ざんのリスクがない「公正証書遺言」を作成し、事実婚の妻へ自宅や預金を遺贈する旨を明記しておくことは重要です。
ただし、遺言書があったとしても、実子などの一定の法定相続人には「遺留分」という最低限保障された権利があります。実子から金銭請求をされた場合に備え、遺留分に配慮した分割内容にしたり、生命保険の受取人に指定して、現金を残すようにすることも効果的です。
◆松尾武将(まつお・たけまさ) 行政書士
長崎県諫早市出身。大阪府茨木市にて開業。前職の信託銀行員時代に1000件以上の遺言相続手続きを担当し、3000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ行政書士事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。