48歳の木村さん(仮名)は、夫と高校生の長男と暮らす正社員です。メーカーの事務職として働いてきましたが、1年ほど前から急な発汗や激しい倦怠感、不眠などの症状に悩まされるようになりました。最近は朝起き上がることができず、家事をすることもままならなくなり、仕事にも遅刻や欠勤が目立っています。職場の同僚に負担をかけている罪悪感から、木村さんは仕事を辞めるしかないと思い詰めていました。
なぜ、これほどまでに心身のコントロールができなくなってしまったのでしょうか。木村さん自身は「更年期かも」と思いながらも体調のことだけでなく生活全般について、どうすればよいのか悩んでいました。そして、今の仕事を失わずに状況を立て直すには、どうしたらいいのでしょうか。更年期症状による体調不良は、決して本人の怠慢や努力不足によるものではありません。一人で抱え込まずに適切な窓口へ相談し、働き方の見直しや休業中の支援制度を利用することで、問題の解決につながる可能性があります。
更年期による就労継続の壁と社会の現状
更年期の不調は、女性ホルモンの急激な減少という身体的な変化が原因であり、日常生活や業務に深刻な支障をきたすケースは少なくありません。経済産業省の調査資料によると、更年期症状が原因で離職や雇用形態の変更を余儀なくされる女性が多く存在し、社会的な経済損失も大きいことが指摘されています。
真面目で責任感の強い人ほど、周囲に迷惑をかけていると感じ、誰にも相談できないまま退職を選んでしまう傾向があります。しかし、この問題は個人の体調管理不足が原因ではありません。女性の健康課題に対する職場の理解やサポート体制が、社会全体でまだ十分に整っていないという背景が影響しています。我慢を重ねて限界を迎える前に、自身が利用できる制度や相談先を知ることが重要です。
退職を決断する前に知っておきたい相談先と支援制度
木村さんは、自治体が女性の健康支援に関する窓口を設置していることを知り、電話をかけました。保健師や助産師などの専門職が対応するこの窓口では、身体の症状に関する相談から適切な医療機関の案内までを受けることができます。木村さんは助言を受け、婦人科を受診して更年期障害の治療を始めました。
このような窓口は、厚生労働省の「生涯を通じた女性の健康支援事業」や、こども家庭庁の「性と健康の相談センター事業」に基づき、女性のライフステージに応じた支援を推進するために、都道府県や指定都市などに設置されています。
勤務先の休職制度と産業医への相談
治療の開始と並行して、木村さんは勤務先の人事担当者と産業医に現在の状況を報告しました。多くの企業では就業規則に休職制度が定められており、一定期間仕事を休みながら治療に専念できる場合があります。産業医は、従業員が健康に働き続けられるよう医学的な立場から助言を行う専門の医師です。木村さんは産業医の面談を受け、まずは一時的に休職して体調の回復を図ることが適切であるという判断に至りました。
休職中の生活を支える傷病手当金
休職して給与が支払われなくなった場合、収入減少への不安を和らげる制度として健康保険の傷病手当金があります。傷病手当金は、病気やけがの療養のために連続して3日間仕事を休み、4日目以降も仕事に就けず給与の支払いがない場合に支給される可能性があります。受給には医師の意見書が必要となり、労務不能の状態であると認められることが条件です。
支給額の目安は、休業1日につき、直近12カ月間の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する金額の、およそ3分の2です。支給期間は支給を開始した日から通算して1年6カ月間となります。傷病手当金は、休職期間がすべて終了するのを待つ必要はありません。「欠勤し、給与の支払いがない」という実績が確定した期間(例:1カ月単位など)ごとに申請することができます。生活の安定のためにも、早めに申請手続きを行うことをおすすめします。具体的な申請タイミングや方法は、勤務先の人事労務担当者や加入している健康保険組合に確認してください。
症状が長期化した場合の障害年金への相談
更年期症状があるだけで直ちに障害年金の対象となるわけではありませんが、その不調から重度のうつ病や深刻な身体疾患を併発し、長期間にわたって生活や仕事に著しい支障が出る場合には、障害年金の対象となる可能性があります。障害年金は、病気やけがによって生活や労働が制限される場合に支給される公的年金です。障害年金の受給には、その病気やけがで「初めて医師の診療を受けた日(初診日)」の証明が不可欠です。将来的な選択肢として「障害年金がある」と知っておくことは安心につながりますが、具体的な要件や手続きは極めて複雑です。まずは通院先の医療ソーシャルワーカーや社会保険労務士などの専門家、またはお住まいの市区町村の年金窓口へ相談し、ご自身の状況が該当する可能性があるかを確認してください。
たかが更年期だから、と諦めないで
木村さんは現在、会社の休職制度と傷病手当金を利用しながら治療に専念しています。十分な休息と治療によって体調は少しずつ回復に向かっており、現在は職場復帰に向けた準備を進めています。一時は「仕事を辞めるしかない」と思い詰めていましたが、専門機関への相談や公的な制度の活用によって、自分らしい働き方を取り戻す希望が見えてきました。
更年期の不調は、自分一人で我慢してやり過ごすものではありません。まずは、お住まいの自治体の保健センターや女性相談窓口、またはかかりつけの医療機関に相談してみてください。なお、休職制度の有無や給与の取り扱いは勤務先の規定によって異なり、傷病手当金の支給基準は加入している健康保険によって詳細が異なる場合があります。具体的な手続きについては、勤務先の人事労務担当者や加入先の健康保険窓口へ確認することをおすすめします。
【出典】
経済産業省/女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/jyosei_keizaisonshitsu.pdf
厚生労働省「生涯を通じた女性の健康支援事業」
https://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/h30_jigyou03a_day2.pdf
こども家庭庁「性と健康の相談センター事業の概要」
https://www.cfa.go.jp/policies/boshihoken/seitokenkogaiyo
厚生労働省「傷病手当金について」
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000619554.pdf
日本年金機構「障害年金」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/shougainenkin/jukyu-yoken/20150401-01.html
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。