今から7年前、溝に落ちて衰弱していた子猫と出会ったひとりの日本画家がいます。
キジトラ猫らしい縞模様と、丸みのある体つきが、掘りたての里芋、関西でいう「小芋」を思わせたことから、「コイモ」と名付けられた女の子。今では画集のモデルにもなっています。
日々を共にするなかで、コイモちゃんが見せてくれる何気ない姿をモチーフにした絵は、どこかノスタルジーを感じさせる味わい深い作品として、Xで発表されてきました。
コイモちゃんと、小熊香奈子さん(@dorodangobonta)。ふたりのパートナーシップはどのように始まったのでしょうか。
突然の一報、ガリガリに痩せた子猫との出会い
「近所の溝で弱っている子猫がいる」ーー。2019年5月中旬ごろ、小熊さんのもとに友人から連絡が入りました。
「近くに母猫がいるかも。迎えに来るかもしれないな…」。駆けつけた小熊さんが確認した限り、周囲にきょうだい猫の姿はなく、しばらく見守っていたものの、母猫が現れることもありませんでした。
日が暮れるにつれて、子猫の動きは少なくなり、このままでは命を落としてしまうと思った小熊さんは、意を決して保護することにしました。
当時の様子について、「そっと抱き上げると、そのふわふわとした見た目とは裏腹に体は骨と皮だけ、ガリガリに痩せていました。子猫らしい柔らかさや肉づきではなく…あまりの軽さに、過酷な暮らしをしていたんだなと切なくなりました」と、小熊さんは振り返っています。
ちょうど猫と暮らしている弟夫婦が来ていたため、保護後のアドバイスをもらえたことは、小熊さんにとって冷静に対処する大きな助けになったといいます。
「コイモを病院へ連れて行くと、生後推定3カ月くらい。獣医さんからは『痩せすぎている。母猫についていけなくなって置いていかれたのではないか』と言われました」
こうして、コイモちゃんと共に家へ帰った小熊さん。猫風邪で目やにや下痢の症状が出ていたコイモちゃんの治療のため、動物病院へ通院する日々が始まりました。
「ケージに、ご飯とお水、温かい寝床を用意しました。幸い、食欲旺盛でご飯をよく食べてくれて、日に日にふっくらコロコロとした体つきに。元気になっていくのを見るのがとても嬉しかったです」
お利口でお転婆、コイモちゃんと歩んだ7年
小熊さんの献身的なケアに応えるように、コイモちゃんはすくすくと成長。少しずつ個性も見られるようになりました。
「子猫時代のコイモは、のんびりとしていて、とてもお行儀が良かったです。壁などで爪研ぎすることもなく、人間のご飯が並んだ食卓にも『ここは乗ったらダメなところなんだろうな』と察しているのか、興味は示すものの乗ることはありませんでした」
小さかったコイモちゃんも、現在7歳を迎えました。だんだんと、お転婆な一面も見られるようにーー。
「人間はだいたい言うことを聞くし、この家で一番かわいくてえらいのは私」と思っているようだ、と小熊さんは語ります。
「押入れのふすまを開けてほしいときは、まるで『自分でやるより人間にしてもらったほうが早いな』とばかりに、甘えた声で鳴きながらアピール。気が向かないときは、名前を呼んでも答えてくれません。また、床には直に座りたくないらしく、座布団代わりのように『膝に座りたい!』と訴えてきます」
おうちは“我が城”になったコイモちゃん。家族の足にじゃれついたり、食卓においしそうな焼き鮭が並ぶとハンティングを試みたり、毎日、元気いっぱいに過ごしています。
その一方、家族以外への接し方はガラッと変わるそうでーー。
「コイモは人見知りなところがあって、家族やごく限られた友だち以外に対しては、あまり親しくすることはありません。だからこそ、私たち家族に甘え、のびのびと過ごしている姿を見ると、心を許してくれているんだなと思いますね」
尊い日々が画集にーー愛すべき“ミューズ”
2026年1月28日、「コイモ」と題した初の画集が発売されました。コイモちゃんをモデルにしたキジトラ猫や、草花、魚のスケッチなど約120作品がおさめられています。
画集の表紙は、食卓に並ぶ焼き鮭をじっと見つめるコイモちゃん。イカ耳になって一点を見据えたその姿は、「さて、どうやってハンティングしようかな…」と、考えを巡らせているようにも見えて、愛らしい魅力にあふれています。
写真からの描き起こしではなく、日々の観察を通して描く絵からは、この7年、コイモちゃんと過ごした1日1日が再現されていくようなリアリティを感じます。今にもコイモちゃんに触れることができそうな、いきいきとした存在感にあふれています。
ところが、小熊さんにとって作風が変わることは想定外のことだったそうです。
「私は、日常や生活をテーマに日本画を制作しています。コイモと出会う前は、野菜や魚など主に台所の食材を構成した作品を描いていました。コイモと出会った当初もそれは変わらず、まさか猫を主題にした作品を描くようになるとは思っていませんでした」
そんな小熊さんに転機が訪れたのは、コロナ禍、外出控えが続き、人と会うこともままならなかった時期でした。
「鬱々とした日が続くなかにあっても、コイモはいつも通り。ご飯を食べ、ちょっと遊んでお昼寝をして、のんびりとした日常を過ごしていました。その自然な姿に心が和み、少しずつコイモの姿をスケッチするようになったんです。猫の仕草を見つめると、美しいかたちや、魅力的な線がたくさんあることに気づきました」
そうして始まったスケッチがたまっていき、小さな作品に。さらにイメージをふくらませて描くことで、大きな作品になっていったと小熊さんは振り返ります。
「コイモを描いた作品はどんどん増えていきました。従来のテーマにコイモの存在が加わることで、よりいっそう、日々の暮らしや、絵を描くことを愛おしく感じるようになった気がします。コイモと過ごす日常を心を込めて描いていきたいです」
「今では私にとっての偉大なミューズです」と、自身のXであらためてコイモちゃんへの思いを綴っている小熊さん。インスピレーションの“源泉”は、これからも豊かに湧き続けることでしょう。
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小熊香奈子(Oguma Kanako)
画集「コイモ」
・Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4777833305
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